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氷解

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「子どもが保育所に入っているので、九時から五時までの仕事ならば正社員、パートは問いません。職種も問いません」
 加藤の眼鏡が光った。
「職種は問わないって言ったって、男がやるような仕事だってあるのよ。土木作業のような」
 律子の顔が一瞬、怯むがそれでも加藤を見つめ返した。
「構いません」
「こっちも検索するのに困るのよ。ある程度、絞り込んでもらわなきゃ」
「では、清掃の仕事なんかありますか」
 加藤が「清掃ね」と言いながら、コンピューターのキーボードを叩き始めた。栄太郎は満足そうに二人のやり取りを眺めていた。
「あるわよ、あるわよ。これなんかどう、清和ビルメンテナンス」
 加藤が一枚の求人案内票を差し出す。
「他にもあるわ。大和ビルヂング。どれもここから近場よ」
 律子は二枚の求人案内票を見比べる。栄太郎が見ても条件は甲乙つけ難い。
「清和ビルメンテナンスでお願いしてもいいですか」
「では、早速電話しますから」
 加藤が受話器を取った。栄太郎も律子も加藤に注目している。
「おはようございます。清和ビルメンテナンスさんですか。こちら帰帆公共職業安定所の加藤と申しますが、清掃の求人はまだ行っていますか。ああ、そうですか。実は二十一歳の女性で希望している方がおりまして。ええ、はい。名前を佐々木律子といいます。はい、明日ですか。ちょっとお待ち下さい」
 加藤が受話器を一旦離すと、律子の顔を覗き込んだ。
「佐々木さん、明日、面接大丈夫ですか」
「あ、はい」
「大丈夫です。はい、では会社の方に。ええ、はい、履歴書を持参してですね、はい。ありがとうございます。では、よろしくお願い致します」
 加藤が受話器を置いた。どうやら面接まで漕ぎ着けたようだ。
「先方はあなたに大分、期待しているみたいですよ。何しろ若いですからね。面接は明日の十時、会社で行われます」
 加藤はそう言いながら、はがき大の用紙に何やら記入していく。これが職安から手渡される求人票である。
「はい、これを持って面接に行ってください」
「ありがとうございます」
 栄太郎と律子は声を揃えて言った。律子の顔はまるで憑き物が落ちたように晴れやかだった。栄太郎はそんな律子の顔を見ることが何より満足だった。
作品名:氷解 作家名:栗原 峰幸