氷解
生活保護で勤労収入があった場合には控除がある。基礎控除とは勤労に伴う必要経費として認定されるもので、新規就労控除とは新規に継続性のある就労を開始した者に認定される控除である。
「それと、佐々木伸江の指導なんですが、確か担当は戸沢さんでしたよね。私も一緒に指導に付き添いたいんですが……」
「わかった。きっちり、収入申告書をとってこい。娘と孫を食い物にするなんて最低だな」
高橋係長がニンマリと笑う。栄太郎もニンマリと笑った。どうもこの二人は気が合うようだ。
「ところで北島は佐々木に入れ込むようになってから、活き活きしてきたな。前のくたびれた感じがあまりしなくなったぞ」
「そうですか」
「ふふふ、それがこの仕事の面白さよ」
佐々木伸江は律子の家から少しばかり離れた、平屋の借家に住んでいる。この借家で律子も育ったのだ。栄太郎が戸沢と訪問した時、その家は妙に寂れて見えた。外にはガラクタが無造作に積まれ、衛生感のない家だった。曇りガラスの向こうにも乱雑に積まれた家具やゴミらしきものが見える。律子が古びたアパートでも比較的清潔にしているのに対し、母親は不衛生で無頓着な人柄らしい。
戸沢の話では、昼間に訪問した時でも酒の匂いを漂わせていたことがあったという。よくパチンコ屋で見かけたなどの通報も民生委員からある。どうやら生活も荒廃しているようだ。
「ごめんください」
戸沢が風で軋む扉を叩いた。すると、中から「あいよー」とだみ声が返ってくる。伸江の声だ。戸沢は無遠慮に扉を開けた。奥の間から中年のでっぷりと肥えた女性が、身体をタプタプと揺らして玄関までやってきた。
「何だい、この前、来たばかりじゃないか」
「今日は特別な用事があってきました。こちらは娘さんの担当をしている北島です」
戸沢に紹介されて栄太郎が頭を下げた。だが、視線は逸らさない。しっかりと伸江を見据えていた。
「やだねー、特別な用事なんて。心臓に悪いじゃないか」
「まあ、玄関じゃあなんなんで上がらせてもらいますよ」
伸江の返事も聞かぬうちに、戸沢は靴を脱いで家に上がった。栄太郎も後に続く。