氷解
「ううっ、ありがとうございます……」
嗚咽交じりのお礼の言葉は栄太郎の胸に深く響いた。律子の顔は化粧を施さなくても美しい。栄太郎はそう思っている。今、その顔がクシャクシャになっているに違いない。それでも、ソフトビニールの人形一つでここまで感動してもらえるとは思わなかった。律子にしてみれば、物はどうであれ、息子の誕生日を覚えていてくれ、プレゼントをくれたことが嬉しいのだ。栄太郎自身もただ仕事ならば、そこまでする必要はなかったと思う。しかし、プレゼントを買わずにはいられなかったのだ。気が付けば日曜日の昼間、玩具屋の前をウロウロする自分がいた。滑稽だと苦笑しながらも『仮面ライダー』の人形を手にしたのである。もっと高価な物をとも思ったが、それでは律子が恐縮してしまうだろう。
「私、今日限りで居酒屋を辞めます。そして、昼間の仕事を見つけます。今度はいつ来てくれますか」
顔を上げた律子の瞳には力がこもっていた。栄太郎がフッと笑った。
帰帆市役所に戻った栄太郎は、役所裏口の灰皿の前で缶コーヒーを啜っていた。高橋係長の煙草に付き合っているのだ。
「そうか、収入認定で処理するのが妥当だろうな」
高橋係長が煙草をふかしながら、納得したように呟いた。
「はい、本人も反省していますし、ナナハチ(不正受給)では処理したくないんですよ」
「監査対策はしっかりやっとけよ。記録もうまく工夫するんだぞ。厚生労働省や会計検査院はすぐナナハチをかけろと言ってくるからな」
「はい、そりゃもう……」
「お前、随分と佐々木には優しいな。まあ、この仕事、一人くらい入れ込むケースがあった方がいい」
「はあ……」
栄太郎は照れたように頭を掻いた。その様を高橋係長は目を細めて眺めている。
「そこで係長にご相談なんですが……」
「ん、何だ」
「木曜日に職安に付き添う予定なんですよ。そこできっちり次の職の内定をもらうつもりなので、基礎控除と新規就労控除はかけてもよろしいでしょうか」
「うーん……」
高橋係長が唸った。煙草を肺の奥まで吸い込み、白い煙を吐き出す。目は遥か彼方を眺めていた。
「必ずそこで決めろよ」
「はい、ありがとうございます」