氷解
「俺なんか、今でも日曜の夕方は辛いね」
「係長が……、ですか」
「おいおい、俺は仕事の鬼みたいに思われているようだけど、結構ナイーブなんだぞ」
栄太郎が思わず苦笑する。
「そこは笑うところじゃない。まあ、サザエさんの時間になると憂鬱になる『サザエさん症候群』ってやつだ」
「いつもの自分もそれですよ。でも、今回は早く佐々木に会いたくて」
「そうか、そうか。じゃあ早く行ってやれ」
「はい」
栄太郎が頷くと始業のチャイムが鳴った。それを待っていたかのように、数人の中年の男女が窓口に駆け寄った。いつもの朝の光景だ。
「あー、順番、順番。押さないで!」
小島という面接担当員がいかにも煩わしそうに怒鳴った。栄太郎はそれを横目でチラッと見ながらケースファイルを広げた。もちろん、佐々木律子のケースファイルだ。ケースファイルには律子の個人情報が事細かく記されている。生活歴から病歴、資産の状況に親族関係などである。栄太郎は保護台帳と呼ばれる紙面に目を通すと、納得したように頷いた。そして、大事そうにビジネスバッグをさする。栄太郎の口元が少し緩んだ。
窓口では小島が腕組みをして、何やら話を聞いている。
「そんなこと言ってもねぇ……」
小島のその言葉が栄太郎の耳についた。だが、栄太郎は何食わぬ顔をして、小島の横を擦り抜けると、公用車の鍵を掴んだ。フッと小島の方を顧みる。小島と男はまだ対峙していた。それは、どちらかが妥協しない限り、永久に平行線を辿る態度に見えた。
(だからと言って卑屈になる必要はないな)
ふと、栄太郎はそんなことを思いながら、階段を下っていった。
栄太郎は公用車をいつもの空き地に停めた。車を降りると「ふう」とため息をついて、栄太郎はクリーム色のアパートへと向かった。
呼び鈴のしわがれた声はいつもと同じで、まるで老婆のようだ。扉の向こうから「はい」という静かな声がした。それは、律子の声に間違いないが、感情を押し殺したような声色はこれからの来訪者を身構えているのだろうか。
扉が少しだけ開いた。その隙間からくっきりとした二重瞼が覗いていた。ここで栄太郎は、その瞳に吸い込まれそうになる。笑ってはいない。緊張の色を隠せない瞳だった。口は引き攣ったように、固く結ばれていた。
「ああ、北島です。ちょっと、お話、よろしいでしょうか」
「はい……、どうぞ……」