小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

桜雲の山里駅

INDEX|7ページ/9ページ|

次のページ前のページ
 


 二十年の幾星霜を経ても、瑠菜は未だこんな思いを抱いてるのだろうか。瑛一はそんな事をぼんやりと思った。そして瑠菜が急に愛おしくなる。
 そして、瑠菜はさらに、しんみりと言葉を繋げる。
「瑛一、誤解しないでね、私、この桜雲の山里に来たこと、それは一つも後悔していないわ。だって桜花爛漫の頃ってね、もうその美しさの中に埋もれているだけで、生きてる喜びや意義を感じてしまうのよ」

 しかし、瑛一はまだわからない。
「じゃなぜ、途中下車しただけにしたいの?」
 瑛一は単純に聞いてみた。瑠菜はそれに対し感情を押し殺して、口にする。
「ここは素晴らしい終着駅よ、だから、癒しはあるわ。だけどね……、夢がないの」

 瑛一はわかるような気もする。しかし、瑠菜が本当に求めていることが何なのかがわからない。
「だから瑠菜は、どうしたいの?」
 瑠菜はこう聞かれて、黙り込んでしまった。それはまるで、次の言葉を発するのを躊躇しているかのように。

 桜雲の山里駅のプラットフォーム。あと1ヶ月もすれば、この辺り一帯に艶やかな世界が現出することだろう。そんな事を予感させる暖かな風が一吹き、そして一吹きと、二人が立つ隙間を抜けて行く。そして桜の木々の蕾を微妙に揺すって行く。
 そんな桜待つ季節の情景に埋没させ、瑠菜はついに。覚悟を決めた強い言葉を、たった一言だけだが……、絞り出すのだ。

「連れてって」

 唐突に、そんな事を! 請われてみても、その「連れてって」と言う言葉を、瑛一はうまく飲み込めない。頭を巡らし、いろいろな事を考える。瑠菜はそんな瑛一に、さらにやるせなく求める。
「瑛一が辿り着こうとしている終着駅、そこへ、私を連れてって」

 そうなのだ。瑛一に、今男の決断が迫られている。しかし、瑛一は瑠菜の覚悟のほどを知っておきたい。
「いいのか瑠菜、もし俺と旅を続ければ、傷だらけになって、ボロボロになるかも。そして、終着駅には辿り着けないかも知れないよ」
 瑠菜は瑛一のこんな回りくどい言い回しに、特に驚く風でもない。むしろそれは決心してしまった女の強さなのだろう。
「私は大丈夫よ。二十年前に、一度は覚悟したことだから」
 こう言い放って、後はまことに現実的なことをさらりと付け加える。「家もしっかりと、閉めてきたから」と。


作品名:桜雲の山里駅 作家名:鮎風 遊