桜雲の山里駅
「瑛一、駅まで送って行くわ」
瑠菜はそう明るく言い、二人でふらふらと駅まで歩く。プラットホームには、すでに折り返しの電車が乗客を待っている。
「瑠菜、今日はありがとう」
瑛一は、プラットホームまで送りに来てくれた瑠菜に礼を言った。しかし、瑠菜は瑛一を背にしてじっと黙ってる。ただ駅に覆い被さる古木の蕾を、もの静かに眺めている。
「瑠菜、元気でな!」
瑛一はもう一度声を掛けた。すると瑠菜は瑛一の方に向き直って、哀感を滲ませながら……。
「瑛一、わかってるでしょ、この桜雲の山里駅は……終着駅なのよ」
瑛一は瑠菜が一体何を言いたいのかがわからない。だがつられて、実に感傷的なことを口にしてしまう。
「そうだなあ、旅路の果ての終着駅なのかもな」
瑠菜はその言葉を受けてかどうかは分からない。しかし声を落として、しみじみと言う。
「うーうん、私の旅は……ここを終着駅にしたくはないの」
瑛一は、瑠菜が呟いた──ここを終着駅にしたくはないの──の本意がわからない。
「それって、どういう意味?」
瑛一は聞き返した。瑠菜が二十年前のあの時と同じ潤んだ瞳でじっと見つめてくる。そして、心からの呻きの声を漏らすのだ。
「だから私は……、途中下車、そう、この駅で、単に途中下車しただけだったことにしたいのよ」
ゆらゆらと春の風が吹き始めてる。桜雲の一つ一つの雲になる桜たち、それらが微妙に揺れ始める。
桜雲の山里駅、それはローカル線の行き着いた所にある終着駅。しかし瑠菜は、ここを終着駅ではなく、旅の途中にちょっと立ち寄ってみただけの駅にしたいと言う。瑛一は、なんとなく瑠菜の気持ちがわからないわけではない。
二十年前、瑠菜はこれからの自分自身が生きて行く場所の相談を持ち掛けてきた。「幸多の家は桜雲の山里って言う所にあるのよ。これ、どう思う?」と。
それに対し、瑛一は実にいい加減に答えた。
「桜雲の山里って、綺麗な所で、いつも癒されるんだろ。だけど住めば都になるかどうかは、その地に良い縁があるかどうかの問題かな」
すると瑠菜は、今にも泣き出しそうな顔をして、ぽつりと一言呟いた。「そこは終着駅なのよ」と。
それを今、瑠菜は、この駅で、単に途中下車しただけにしたいのよ、と言う。