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桜雲の山里駅

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 瑛一は四、五人の客と共にプラットホームに降り立った。駅舎がぽつりと建ってる。小さくて古い。桜の古木たちが一杯に蕾を枝に付け、その重さを堪えるかのように、駅舎に覆い被さっている。
 そんな桜たちそれぞれは、時季が来れば、すべて桜雲の一つ一つの雲になるのだろう。そして桜花待つ季節の昼下がりに、瑛一は改札を通った。そこに瑠菜が待っていてくれた。

「瑛一、お久し振りだわ!」
 瑠菜は二十年前とまったく変わらない抑揚で声を発し、駆け寄ってきた。
 瑛一は電車の中でずっと迷っていた。瑠菜と二十年振りに再会することになる。嬉しい。だが、どう話し掛けて良いものやら。やはり大人の常識として、丁寧に敬語を使わなければならないのだろうかなあ、とも。
 瑛一はほっとした。確かに瑠菜も歳を取ったようだ。しかし、二十年前の瑠菜がそのままそこにいたのだ。
「ああ、瑠菜、ホントだね、元気そうで良かったよ」
 瑛一は昔と変わらぬ口調で返した。こんな挨拶で瑠菜との再会は始まり、瑛一は幸多の旧家へと招かれた。

 瑛一はまず仏壇にある幸多の遺影に手を合わせ、線香を上げた。そしてそれを手短に終え、墓参りをする。瑛一はここまではどうしても果たしておきたかった。そうしないと気が済まない。
 瑛一は幸多の墓にじっと手を合わせる。そんな時、瑠菜が瑛一の背後から語り掛けてくる。
「この人、いつも瑛一の事を話していたのよ。もう一度一緒にお酒を飲み、あの時のように夢を語りたいってね」
 それからだった。瑠菜は突然墓前へと進み出て、日本酒をじゃあーと墓石に掛け出すのだ。瑛一はこんな瑠菜の突飛な行動に驚いた。しかし、ああ、そうだったなあ、と昔の瑠菜を思い出した。

 学生食堂で、ちょっぴりピリ辛が好きだ、と瑛一が話した。すると瑠菜は、タバスコを思い切りパスタの上に掛けてくれたんだよなあ、と。
 そうなのだ。思い切りのよい性格、瑠菜はぜんぜん変わっていなかったのだ。
 瑛一は若い頃の瑠菜のことを思い出し、そして幸多のことを偲(しの)び、墓前でぽつりと呟く。
「幸多、オマエは優秀なヤツだったよなあ」

 しかし、次の言葉を飲み込んだ。それは──お前は、この山里に戻って来て本当に良かったのか? と思わず口にするところだった。だが瑠菜は、瑛一の呟きを聞き、その次に何を続けて言いたいのかを察した。そして、瑛一の無言に答え返す。
「幸多はね、結局ここの暮らしが一番似合っていて、幸せだったと思うわ。瑛一みたいにね、そう、野望がなかったからね」
 こんなやりとりが切っ掛けとなり、その後からは、二人は昔話しに花を咲かせることとなった。そして時間となり、瑛一は去らなければならない。瑠菜に暇(いとま)を告げた。


作品名:桜雲の山里駅 作家名:鮎風 遊