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桜雲の山里駅

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「うーうん、瑛一ちょっと違うんだよね、知ってるでしょ、幸多の家は桜雲の山里って言う所にあるのよ。これ、どう思う?」
 もう一度尋ね直されて、瑛一は瑠菜が何で迷っているのかが解った。要は暮らして行く場所に、心が揺らいでいるのだ。少なくともそう理解できた。だが、どう答えて良いものかと戸惑う。
「うーん、桜雲の山里って、綺麗な所で、いつも癒されるんだろ。だけど住めば都になるかどうかは、その地に良い縁があるかどうかの問題かな」

 挙げ句、こんないい加減な返事をしてしまった。瑠菜が瑛一を真正面に睨み付けてくる。
「ねっ瑛一、知ってる?  桜雲の山里駅って……」
 瑛一は一体何の事なのかわからず、「何を?」と聞き返した。すると瑠菜は、今にも泣き出しそうな顔をして、ぽつりと一言呟いた。
「そこは……終着駅なのよ」

 瑛一は、あの時の瑠菜の潤んだ瞳が忘れられない。だが瑠菜は最終的に、幸多と共に桜雲の山里で生きて行くことを選択した。つまり幸多の旧家へと嫁いだのだ。

 あれから二十年の歳月が流れた。特に理由はないが、その間どちらともなく音信を絶っていた。
 カタン、コトン、……、カタン、コトン
 電車からの心地よい響きが心を和ませてくれる。瑛一は、そんなくつろぎ中で、この二十年間自分の身の回りで起こった出来事を思い出している。とにかく卒業してから、夢を追い掛けて飛び回ってきた。
 瑛一の夢、それは非常に世俗的な夢だった。この生き馬の目を抜くビジネス社会で、それなりの地位を築くこと。
 しかし、それは海図を持たずに大海原に漕ぎ出してしまったようなものだった。幾つもの大きな波を被ってしまった。そして、傷も多く負ってしまった。

「桜雲の山里か、そんな薄紅色の雲の中に、俺の満身創痍の身を預け、癒されてみたいよなあ」
 こんな弱音とも取れる独り言をついつい吐いてしまう。そしてしばらくの時が流れ、たった一輌だけのディーゼルカーはガタン、ガタンと、二度大きな音を発した。終着駅の桜雲の山里駅に到着したのだ。


作品名:桜雲の山里駅 作家名:鮎風 遊