昇神の儀
一方の、神様をドスンと天から落とした張本人、つまり神主は祭壇の横で椅子に腰掛け、まったくの無表情で遠くをじっと見つめている。その様は、まるでオシッコをかけても知らん振りのカエルみたい。
「まあ、うちの庶務課長もたいがいのタヌキだけど、この神主は知らんぷりの爬虫類かよ」
高見沢はたまげると同時に珍奇な心持ちとなる。されども、「これが儀式というものなのだ。途中何が起こっても、威厳をもって粛々と進める。それがセレモニ−だ」と自分勝手に解釈する。
「献饌!」、司会者からのこの掛け声でもって、神主はヨッコラショと椅子から立ち上がった。そして祭壇の方へと進み出る。
祭壇の隅の方から「ううっ」と神様の呻き声が聞こえてくるが、神主はそれを別に意に介している風でもない。まさに淡々と己の役柄を勤める。
「確かに、今は竣工式の真っ最中、神様なんかに構ってる暇なんかないよなあ」
この状況下ではまるで神主の方が神様より上位、神主は神様そっちのけでどんどんと儀式を進行させて行く。
その後、祝詞奏上(のりとそうじょう)/清祓(きよはらい)/新設備竣工/玉串奉奠(たまぐしほうてん)/撤饌(てっせん)と。
まったく神様シカト状態でセレモニーは進み、ついに司会の庶務課長が告げた。
「昇神の儀!」
「おっとー、カンヌシさん、もうウオッごっほんは……、やめてケレよな」と高見沢は願った。
神主はここまでで疲れ切ったたのか、それとも木の靴が重いのか、ヨタヨタと突っかかりながら前へと進んだ。そして二拝礼の後、笏を構え、警蹕の発声の時が……。高見沢は「降神の時は調子悪かったけど、今度は大丈夫かな?」と心配だ。
「ウオ−」
神主が声を発した。その横を見ると、なんと神様が立ち上がって、可愛らしく昇神のスタンバイに入っている。
「ウウウ、オッ、ごほん……ウオ、ごほんごほん」
「おいおいおい、さっきよりもっと調子悪いじゃん」
「ウ−ウ、ウウウウ、ウ……ウ」
「なんだよ、ウばっかりじゃないか。オはないんかい?」
「ごっほん……オオオオ、ごほんごほんごほん」
横では、神様が自力昇神しようと飛び上がってる。されど神主の発声がメッチャ悪いのか、身体が宙に浮かない。
おまけに神様が少し飛んだ時に、裾がめくれ、弁慶の泣き所辺りが見える。そこに先ほどの落下時の青あざが見え隠れする。
「痛そう!」
高見沢は思わず声にしてしまった。
そして「こりゃもう何ともならんよ、みんな忙しいし、負傷者も出てるし……。こんなの続けてても埒あかないよなあ」とぶつぶつ呟きながら、庶務課長に目配せした。
これを受け、レスポンスよく……「閉式の儀!」
間髪入れずに庶務課長は宣言してしまったのだ。