昇神の儀
「ウウオッ、ごほん……ウオ……」
神主は肝心要の警蹕の声が発せられない。それを恥じているのか、余計にムキになってるようだ。「ゼェ−ゼェ−」という荒い息遣いまで聞こえる。
「もういいんじゃない、無理しなくても」
今度は顔面蒼白で弱々しそうな神主が可哀想になってきた。
まさにそんな時のことだった。祭壇の後方で、「ドスン!」と音がした。
「アイタッ、タタタタ、タァー!」
四、五秒の間をおいて、大きな声がした。高見沢は何が起こったのかよくわからない。
それでも神主は、そんな突然の出来事にもお構いなく、「ウオ−」となんとか発声しようと悪戦苦闘中だ。
「ウウ、ウ−オ……えんえん、ウ−オ……」
ホント、しつこいヤッチャと思いつつも、庶務課長に「一体何が起こったのか様子を見に行ってくれ」と目配せした。庶務課長はすぐに意を解したのか、祭壇の後方へとそろりそろりと向かった。
そしてしばらくして、庶務課長は年の頃は六〇歳前後の、まだ老人とまでは行かない白髭の男性を連れ戻ってきたのだ。
その後、男性を祭壇の横に休ませ、庶務課長がすり寄ってきて、報告する。
「高見沢さん、実はどうも、落ちてこられましたようで、神様が。事情をお伺いすると、神主さんのウオ−の発声、その調子が滅茶苦茶外れていて、地上にうまく軟着陸できなかったと申されてます。とりあえずそこで休んでもらってますが、どうしましょうか?」
高見沢はこんな報告を受けて、「えっ、神様が天から落ちてきたって!」とびっくり仰天。しかし一方では、「そりゃあ神様だって、あのカンヌシの発声じゃ……、充分あり得ることだ」と納得もし、「こんなことで、時間を潰すわけにはいかないよ。休んでもらっておいてくれ。とにかく竣工式、続行だ!」と即決した。
「はい、了解です」
庶務課長は軽く返し、元の位置に戻り、あらためて司会者として、別に何事もなかったように参列者に告げる。
「みな様、先程、ドスンという音とともに、神様が目出度く降神されました。ちょっと腰を打たれたようですが……、命には別状ございませんので、式典を継続致します」
参列者は、神様が落下してのご登場、この突然のアナウンスメントに驚愕。一時式場は「なんだ、なんだ?」とざわめいた。
しかし、さすがプロの庶務課長、あとはシレ−とした顔で、「引き続きまして──、献饌(けんせん)!」と大声を発した。そのお陰か、元の厳かな式典に戻ったのだった。