昇神の儀
高見沢は式次第を順繰り目で追い、それぞれの儀式の内容をおさらいをした。そして、ふうと一つ大きく息を吐いた。
そんな時に、司会者の方から響きよく……「修祓」(しゅうばつ)と。
祭壇の横で簡易の椅子に腰掛けていた神主がおもむろに立ち上がる。そして祭壇の前へと進み行き、深々と二拝礼する。「ご起立願います」の合図で、参列者全員立ち上がる。なかなか厳かなものだ。
神主は祓詞(はらいことば)を唱え始める。「かけまくも かしこき……」と。
マイクを通し、唱え始めの部分はよく聞こえた。しかれども、あとはよく聞き取れない。
「マイクはチューニング済み、調子は良いはずだ。一体どうしたんだろう?」
高見沢は訝った。
神主はこの土地の人。初午祭(はつうまさい)やその他の儀式を年何回か執り行ってもらっている。高見沢も面識はある。
年は四〇歳前後。口数は少なく、なぜかいつも弱々しく見える人なのだ。
しかし、今日はそれ以上に顔は青白く冴えない。様子から推察するに、どうも風邪を引いているようだ。
「降神の儀」
司会者が次に重々しく告げた。
神主はまた祭壇へと静かに歩み出て、深々と二拝礼をする。そして、笏(しゃく:神事に姿勢を正すために持つシャモジのような細長い板)を持って構え、「揖」(ゆう)の十五から四十五度の礼に入る。
この時、間髪入れずに司会者から「ご起立願います」の声がかかる。そして「拝」(はい)の九十度の礼に移る。
この間に神主の祝詞がある。
「掛介巻久母(かけまくも) 畏伎(かしこき) 産土大神(うぶすなのおほかみ) 屋船久久遅命(やぶねくくのちみこと) 屋船豊宇気姫命(やぶねとようけびめのみこと) 手置帆負命(たおきほおひのみこと) 彦狭知命等(ひこさしりのみことたち) 此之神籬爾(このひもろぎに) 天降里坐世登(あまくだりませと) 恐美恐美母(かしこみかしこみも) 白須(もをす)」
これが祝詞だ。しかし、どうも調子が悪い。何を言っているのかさっぱりわからない。
つづいて警蹕(けいひつ)の声が発せられる。
神主は最初小さな声から「ウオ−」と唸り出す。しかし、どうもいつもと違う。一生懸命声を発せようとしているようだが、具合が悪そう。
「ウオオ……ごほんごほん、ウッオッ、ウオ−ウオ、ごっほん……ウウ」
咳まで混じっている。
「ウッ、オッ……えんえん、ウウ……オオ、えんえん」
今度はタンまで絡み出したようだ。
これぞ……絶不調。それでも必死で発声しようとしているのがマイクを通して伝わってくる。
「おいおいおい、カンヌシさん、大丈夫か? 声になってないで。大事な竣工式だよ、自己管理ぐらいしてこいよな。一体どうなってるんだ!」
高見沢はもう不満タラタラ。