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僕が許した父

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 澤井さんが深々と頭を下げた。慇懃なお役人のイメージとは程遠い。
「いえ、こちらこそ。あんな父のために、いろいろとしてくださってありがとうございます」
 僕も失礼のないように丁重に頭を下げた。
「さあ、中でお父様がお待ちですよ」
 僕は澤井さんに促され、火葬場の中へと足を踏み入れた。ここまできて足を留めても仕方あるまい。火葬場の中にカツカツと革靴の音が異様に大きく響いた。
 既に棺は釜の前に安置されていた。焼き上げた骨を入れる骨壷も、味気無いシンプルなものだが用意されている。
 火葬に立ち会うのは僕と澤井さん、葬儀屋さんともう一人、若い女性がいた。その女性はハンカチで目頭を押さえている。
(一体、誰だろう?)
 そんな僕の疑問に答えるように澤井さんが女性を紹介してくれた。
「こちらがお父様を発見してくださった、ヘルパーの阿部さんです」
 阿部さんがハンカチで顔を押さえながら会釈する。
「どうも、父がお世話になりました」
 一体、あんな父を世話する物好きなヘルパーなどいるものだろうかと、僕は阿部さんの顔をまじまじと見つめてしまった。
「さあ、それでは故人との最後のご対面でございます」
 葬儀屋さんが棺の蓋を開ける。正直言って、僕は父の顔を見るのを躊躇った。だが僕に遠慮をしているのだろう。澤井さんも阿部さんも歩み寄ろうとはしない。仕方なく僕は棺の中を覗き込んだ。
 父はそこに横たわっていた。生活保護の葬儀では花はつかないらしい。絹に似せた布に包まれて父は眠っていた。
 それは穏やかな顔だった。口元に薄っすらと笑みさえ浮かべているではないか。
これがあの、毎日酒を飲んでは怒り狂い、母親に暴力を振るっていた父の顔とは思えなかった。そう、その顔はまるで悟りを開いた仏のような、別人の顔だったのである。
 僕は自然と父に向かって手を合わせた。特に意識したつもりはなかった。何故か父の顔を見ていると、合掌せずにはいられなくなったのだ。
 続いて澤井さんと阿部さんが覗き込み、合掌をする。
「本当、最後に息子さんに会えてよかったわね」
 阿部さんが涙ながらに呟いた。
「父の死因は何だったんですか?」
 僕は澤井さんに尋ねた。
「死亡診断書には心不全と書かれていました。司法解剖も行政解剖も行われなかったので、事件性はないと警察は判断したのでしょう」
 澤井さんは淡々と答えた。
作品名:僕が許した父 作家名:栗原 峰幸