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僕が許した父

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 それでも何か物事の前には、しっかりと食べておかねばならない。小さい頃、食費が父の酒代に消え、ひもじい思いをしたこともあった。
 食事は愛を表すという人もいる。いつも家の食事は貧しかった。それでも母は工夫して、僕に精一杯の愛情を注いでくれた。だが、食べ盛りの僕には少ない量だったのである。それは片親しかいない寂しさに、どこか似ていた。
 だから僕の食へのこだわりはトラウマのひとつなのかもしれない。そう、満たされないお腹と心を常に一杯にしておかないとならないという、強迫観念に近いものとでも言えるだろうか。
 僕はサンドイッチと缶コーヒーの入ったビニール袋をぶら下げて、駅前の地下道を潜った。魚の絵が描かれたその地下道は、その暗さと相俟って、まるで深海の中にいるような気分だ。先程の心に降り積もる澱を思い出す。
 地下道を抜けると僕は迷った。真鶴漁港の方へ行こうか、それとも岩海岸の方へ行こうかと。
 結局、僕の足は岩海岸の方へ向いた。なだらかな坂を下り、真鶴町役場の前を通る。そして今度は少し急な坂を下れば岩海岸だ。坂の途中で湾曲した砂浜が見えてきた。
 名称は岩海岸というが、そこは砂浜だ。坂から見ると奥の方にゴロタ石の岩場が少しある。「岩」というのは地名なのだ。この海岸も夏になれば海水浴客で賑わう。
 僕は小学校高学年から中学校くらいにかけて、よくこの辺りまで自転車できた。
 道を下って左手に遠藤貝類博物館がある。それも昔のままだ。少しホッとしたような気がした。ただ農協がなくなり、公衆便所だけが新しく設置されている。それも整備され、綺麗だ。
 僕は砂浜に下りる階段に腰を降ろした。
 寄せては返す波を、ただボーッと眺める。真鶴道路の橋がのどかな風景を邪魔しているようにも思えるが、これを名所とする声もある。
(物は考えようだな……)
 自然と人工物が織り混ざった風景に、ふと、そんなことを考えたりもした。
 僕はビニール袋からサンドイッチを取り出すと、頬張った。シャキシャキのレタスの食感が心地よい。
 砂浜では一人の老婆が何かを拾っていた。貝殻のような乙女チックなものではないだろう。手にしているのはどう見てもゴミだ。
(ゴミ拾いかな?)
 そう思いながら眺める。老婆は黙々とゴミを拾っている。
作品名:僕が許した父 作家名:栗原 峰幸