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僕が許した父

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 そう言って笑顔を作る柿澤先輩の目は、笑ってはいなかった。
 僕は溶鉱炉の中で蠢く、溶解した鉄を見つめ続けた。

 翌朝、夜勤明けで喪服に着替えた僕は東海道線に飛び乗った。父の火葬は午後一時半から、真鶴町にある火葬場で執り行われるという。
 朝の東海道線は混み合っていた。川崎駅から乗っても、既に空いている席はない。夜勤明けで真鶴まで立ちっぱなしは少々きつい。
 だが藤沢駅でドッと人が降りた。僕は対面式シートの窓側に座ることができた。以前は硬く、座り心地が悪かったシートも、今は改良されている。しかしお尻の辺りがモゾモゾとして、座り心地が良いわけではなかった。それは僕が父に会いに行くのを、心の奥底で拒んでいるからに他ならない。決してシートのせいではなかった。
 早川駅を過ぎると、左手には海が広がる。深い青に太陽の光が眩しく反射し、銀をちりばめたようだ。僕は思わず目を細めた。磯場には波が豪快に打ち付けられる。
 観光客にとっては絶景であるこの景色も、今の僕にとっては重苦しい、淀んだ景色に過ぎない。磯場に打ち付ける白波もまるで牙のようだ。それは線路が進むにつれ、僕の心に重くのしかかってくる。
 ふと、深海の海底に降り積もるマリンスノーのイメージが浮かんだ。それは決して綺麗なものではなく、僕の胸の中に降り積もりながら、淀んでいく澱だった。
 
 真鶴駅に着いた時、どうしようもない不安に駆られた。
(ついに来てしまった……)
 そんな思いでホームを踏み締める。電車が去った後、弓なりに曲がるホームを見渡すと、まばらな人影が改札へと降りていく。喪服を着ているのは僕くらいだ。
(そうだ。誰も親父の葬儀に来たりはしない。来るはずがない)
 そう思いながら階段を下った。駅は昔とたいして変わっていないが、いつの間にかエスカレーターとエレベーターが設置され、改札も自動改札になっている。
 火葬場は真鶴のちょうど駅裏あたりにある。歩けば四、五分といったところか。
(まだ早いな)
 何せ、朝食を済ませてすぐに家を飛び出してきたのだ。父の火葬の時間は午後一時半だ。時計を見るとまだ午前十一時だった。
(どうしようかな?)
 こういう時の時間つぶしは一番困る。
 食欲はまったくなかったが、駅の脇の売店でサンドイッチを二つと缶コーヒーを買う。まだ胃の中には朝食が残っている感じだった。
作品名:僕が許した父 作家名:栗原 峰幸