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僕が許した父

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 毎日、煤けた商店街を抜けて製鉄所の門をくぐる。そして繰り返される単調な作業は、半ば諦めに似た感情を僕に抱かせる。
 時々、レバーを引く自分の手が機械のように思えることがある。製鉄所という要塞に配置された部品。そんなふうに自分のことを感じることがあるのだ。
 給与にしても振込みで、もらうのは薄っぺらな明細書のみだ。これでは働いて金銭を得たという実感が湧かない。それでも食べていくには働かねばならない。僕の胸の中は溶鉱炉のように熱くはなく、いつも不完全燃焼状態だった。
「この鉄も冷えて製品になる。そこから先は生かすも殺すも使い手次第だ」
「えっ?」
 僕はその言葉に一瞬、心臓がドキッとした。自分でも脈が乱れたのがわかる。
「人も同じよ。生まれた時にはまっさらだし、良く生きようと自然に努力するもんだ。本能でな。でもそのうちに不純物が混じったり、自分自身の使い方を間違ったりしちまうんだなあ」
 柿澤先輩がしみじみと言った。少し脂ぎった顔に汗が滴っている。
「そうだ、ボーナスが出たら、久々にパーッと夜遊びでも行くか?」
 柿澤先輩がニタリと笑って僕の方を向いた。
「いや、今はそんな心境じゃないんです。父が死んだんですよ」
「ほう、あのお袋さんと逃げてきたっていう……」
「ええ、もう赤の他人だと思っていたんですがね。福祉事務所から電話があって骨だけでも引き取って欲しいって……」
「そうか……」
 柿澤先輩は腕組みをし、目を瞑った。仕事の時に見せる真剣な顔とは違い、神妙な顔つきだ。
「俺もな、親父の死に目には会えなかったんだよ。まあ、それほど仲の悪い親子じゃなかったけれどな。親父の遺骨を埋葬する時、お寺さんに無縁仏があってよ。それが薄汚えんだ。あんなところに埋葬されるのは可哀想だって思った記憶があるなあ」
「無縁仏……ですか?」
「手入れなんかされていなければ、誰も花ひとつ供えちゃくれねえ。きっと死んだことすら忘れ去られた人たちの墓なんだろうな」
 僕は父が無縁仏に埋葬され、そのまま永遠に生きていた証まで抹消されるイメージが広がった。
(あんな親父なんて……)
 そう思う反面、母の揺れる思いが僕の心を揺さぶる。
 溶鉱炉の鉄は対流を続け、高鳴る僕の心臓のように脈打っていた。
「今しかできないことってあるぞ。俺の人生なんか後悔だらけだ」
作品名:僕が許した父 作家名:栗原 峰幸