僕が許した父
「そ、そんな数になるんですか。で、湯河原はどうなんですか?」
「まあ、これ以上のことは私も守秘義務や町のことがあるので言えませんが、それだけ貧富の格差が拡大し、低所得層が多いってことですよ」
僕は摘まみかけたチャーシューを口に運ぶのも忘れ、澤井さんの話に聞き入った。
湯河原町の保護率を調べることなど、統計の数字を見れば一目瞭然だ。それでも彼が言葉を濁したのは、父を通じて生活保護に片足を突っ込んだ僕と、町のイメージへの配慮なのだろう。
ただ、今の僕には保護率など問題ではない。父の死を受け止め、未来へ向かって誠実に、そして確実に歩いていくことが大事なのだ。
そういえば、昌子もチボリの収入だけでは食べていけないと言っていた。もし頼れる実家がなければ、彼女も生活保護を受けていたのだろうか。
「何か、人の温もりとか、絆とかそういうものが希薄になっているような気がするんですよね。だから、昨日と今日、光治さんが来てくれてホッとしているんです」
「私もようやく父を許す気になれましたよ」
チャーシューを口へ運び、半分位に減った焼酎を眺める。そこにあの日の父が浮かぶ。
「湯河原はどうですか、湯河原は?」
酔いの回った柏木さんが、身を乗り出して尋ねてきた。
「正直言って、昨日までは鬼門だったんですけどね。今日は改めてすばらしい故郷であることを実感しましたよ」
「よっしゃあ!」
柏木さんと室伏さんが腕を組んだ。
僕の心の中は、喉に刺さった魚の骨のようだった父の存在に一区切りをつけられたことと、昌子との再会の喜びで満たされていた。
昌子と再会できたのも、もしかしたら父が編んでくれた運命の糸なのかもしれない。思わずポケットの携帯電話を確認してしまう。昌子親子が側にいてくれたら、おそらく仕事への意欲も更に上がるに違いない。
何かの歯車が動き出していることは確かだった。
気が付いたら、僕の焼酎は空になっていた。三人のビールも残り少ない。
「俺たちも焼酎にするか」
柏木さんが焼酎を注文する。さすがにストレートとはいかず、烏龍茶で割るようだ。僕も焼酎の追加を注文する。
「強いですねえ」
澤井さんが呆れたように言った。
「さあ、さっきは光治さんのお父さんに献杯をしたから、今度は光治さんの今後と、我々の今後の発展を祝して乾杯をしようじゃないか」
柏木さんが明るい声で言った。