僕が許した父
「すみません。焼酎のおかわりと、おしんこ、チャーシュー盛り合わせに手羽先八本!」
僕はお店のお兄さんに大声で注文した。
「今日は私がおごりますよ」
僕がそう言うと、三人とも一斉に首を横に振った。
「だめだめ。今は厳しいんだから。収賄でクビになっちゃうよ」
室伏さんが少し呂律の回らない口調で固辞した。
「そうそう。町の年間予算くらいの札束ならともかく、ビールとおつまみでクビになったらつまらないもんね。割り勘ね、割り勘」
柏木さんも同調する。
「一層のこと、県の年間予算くらいにしたらどうですか?」
澤井さんが苦笑して言った。一同で大笑いする。
そこへ焼酎とつまみが運ばれてきた。僕は焼酎をチビチビと啜り始めた。
「さっきの勢いはどうしたんですか?」
室伏さんが冷やかすように笑った。特に悪気があったわけではないことはわかっている。
「親父はね、二杯目からはチビチビやっていたんですよ」
「そうでしたか」
僕は先程からあまり喋らない澤井さんの顔を見た。彼は冗談話を交えて、笑う柏木さんと室伏さんを見てニコニコしながらビールをチビチビと飲んでいる。
「澤井さんのお仕事って辛くありませんか?」
「そりゃあ、辛いことの方が多いですね。よく苦情も言われるし、時には体を張ることだってあります。仕事の九割は苦しいかな」
それでも澤井さんは笑顔を絶やさない。
「よく続けられますね」
僕は真剣な顔をして澤井さんの目を覗き込んだ。だが彼の目は優しそうに笑っている。
「ふふふ、今回みたいなことがありますからね。だから続けたくなるんですよ」
澤井さんの目はまるで僕に感謝をしているようだ。感謝をしなければならないのは僕の方なのに。
「どんな仕事でも、真剣に打ち込めば辛く、苦しいものですよ。家族や守らなければならないものが増えれば肩にその分、余計な重みも加わるし」
澤井さんのその言葉に、製鉄所の仕事が重なる。それは柿澤先輩の仕事の哲学に似ているような気もする。
そしてフライパンで決意した新しい自分。
(明日からの俺は違うぞ!)
そう自分に言い聞かせる。
「人だって、この混沌とした現代で生きていくのは大変な状況ですよね。バブルが崩壊してから保護率も上がりましてね。今は横ばいですが、全国平均でも百人に一人くらいは生活保護を受けている計算になるんですよ」