僕が許した父
僕は奥の座敷を覗き込んだ。思った通り、そこには澤井さんと柏木さん、それに室伏さんがいた。みんなチャーシューや手羽先をつまみにビールを煽っている。
「先程はどうも」
僕が声を掛けると、真っ赤な顔をした室伏さんが、人懐っこい顔で手招きをする。
「こっち、こっち」
「混ぜてもらってもいいですか?」
「もちろんですとも」
澤井さんが爽やかに笑った。
「お兄ちゃん、何にする?」
お店のお兄さんが注文を聞いてきた。
「焼酎をもらおうかな」
「割るものは?」
「いらない」
「じゃあ、氷と水でいい?」
ここの焼酎は酒屋で売っているようなカップの焼酎をそのまま出す。それを自分の好みのもので割って飲むのだ。
親父はいつもカップのまま、一杯目はグーッと飲み、二杯目からはチビチビと飲んでいた。
「今日はどうもありがとうございました」
僕は正座をし、改めて澤井さんたちに頭を下げた。彼らにはいくら感謝の意を表しても限がない。
「いいんですよ。これが私たちの仕事ですから」
澤井さんがにっこり笑って言った。最初に彼から電話が掛かってきた時との距離は確実に縮まり、旧知の仲のように思える。柏木さんも室伏さんもそうだ。
それにしても、このような仕事をしている人がいたとは正直なところ驚いた。公務員とは部屋の中で書類を書いているものばかりだと思っていた。しかも、澤井さんの顔に悲壮感は漂っていない。
「いやー、今日の片付けはしんどかったけど、良かったなあ。こうやって息子さんも来てくれたし」
柏木さんが真っ赤な顔をして笑った。彼の顔も爽やかだ。
「終わり良ければすべて良し、ですね」
室伏さんが振り向き様にビールのおかわりを注文する。
程なくしてビールと焼酎が運ばれてきた。
「じゃあ、改めて献杯」
僕は焼酎のカップを、三人はビールのグラスを掲げた。
僕は焼酎に映る自分の顔を眺めた。自分で言うのも変だが、憑き物が取れたような、晴れやかな顔をしている。
(お父さん、もう許してやるよ)
心の中でそう呟くと、僕は焼酎をグラスに空けることなく、カップのままグーッと飲み干した。
「おお、やるねえ」
僕が焼酎を飲む様を見て、柏木さんが驚いたように言った。
「親父がよく、この店でこうやって飲んでいたんですよ」
「なるほど、お父さんに捧げる一杯ってわけですか」
柏木さんが微笑んだ。