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僕が許した父

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(そう言えば、あの時も昌子から電話が掛かってくるのを、ウキウキしながら待っていたっけ)
 僕はあの頃から昌子のことが好きだったのかもしれない。単に幼なじみという言葉では片付けられない、思慕のような感情を抱いていたのだ。黒電話の前で齧り付くようにして、昌子からの電話を待っていたあの頃の感情が沸々と甦る。
「今日は会えてよかったわ。よかったら電話して」
 そう言う昌子の顔は晴れやかだった。僕が初めて声を掛けた時の、あの笑顔に似ている。
「必ずするよ。でも俺たちには黒電話の方がお似合いかもな」
「着信音だけでも黒電話にしておこうか?」
「あっ、それいいかも」
 二人で和やかに笑った。
「ところで、どうしたの? そのフライパン」
 やはりフライパンは昌子の目にも異様に映るらしい。
「片付けた荷物の中にあったのさ。お袋が使っていたやつでね。俺たちが引っ越した後も、親父が使っていたんだ」
「それをお母さんに?」
「うん。それもあるけど、俺、製鉄所で働いているから、お袋の思いと、親父の思いが詰まった、この鉄のフライパンがそのまま捨てられるのが、何となく忍びなくってさ。それにこれを作った人も悲しむだろうなって」
「そっか。マーちゃんは相変わらず優しいね。それに、自分の仕事に誇りを持っているなんて立派だな」
「そんな立派なもんじゃないよ」
 僕は照れながら微笑み返した。
 だが、この公休が明けて製鉄所で鉄に向かう僕は、昨日までの僕とは違う。レバーを引く度に、このフライパンを思い出すに違いない。
 それから昌子親子を家まで送った。貴を挟み、三人で手をつなぐ姿は、知らぬ人が見れば、仲の良い親子に見えても不思議はないだろう。
 父の死後で不謹慎かもしれないが、こんな幸せがあってもいいと思った。父には果たせなかった、幸せな家庭を築きたいと思った。
(この子なら、自分の子として愛せるかもしれないな)
 貴のあどけない笑顔を見て、ふと、そんなことを思った。貴も僕に屈託のない笑顔を向けてくれる。
 貴が誰の子でも、この際、関係はない。昌子とならば、幸せを掴めそうな気がした。それはまるで、磁石のS極とN極が引き合うように、自然と惹かれ合うものかもしれない。
 昌子の家の前で僕は二人に手を振った。
「お兄ちゃん、また会おうね」
 貴がにっこりと笑い、大きく手を振る。
作品名:僕が許した父 作家名:栗原 峰幸