僕が許した父
「はあーっ、私たち、これからどうしたらいいんだろう? 最近、ちょっとしたことでイライラしてついあの子に八つ当たりしちゃうのよ。光ちゃんの言う通り、あの子は宝物なんだけどね」
昌子が頭を抱え、掻き毟った。昔から自慢の長く、ストレートの髪が乱されていく。それはまるで己自身を傷つけているかのようだ。昌子を良く知る僕としては、見るに忍びない光景であった。
「はあー、何で光ちゃん、私の前から突然、消えちゃったのよ?」
「えっ?」
唐突な昌子の問いかけに、僕は一瞬、言葉を失った。
「あれからというもの、私の人生、狂いっぱなしよ」
「マーちゃん、もしかして俺のこと……」
「当たり前じゃない。男って本当に鈍いんだから」
昌子の瞳がまた潤みだした。
「ごめんよ」
ジーンズの上で硬く拳を握る昌子の手の上に、僕はそっと掌を置いた。拳がプルプルと震えるのがわかった。
「うわあああーん!」
突然、昌子が大声を上げて泣き出した。男の子は母親の異変を逸速く察知し、タコの遊具から駆け寄ってきた。
「ママーッ、どうしたの?」
子供の不安げな表情が切ない。
「何でもない、何でもないのよ……」
昌子は子供にそう言うが、時折、ヒックヒックと肩が痙攣している。
「大丈夫だよ……」
僕が男の子の頭を撫でてやった。
「この子の父親が光ちゃんだったらよかったのに……」
僕はその言葉に心臓がドキッとした後、ギューッと締め付けられた。
夕日に照らされた昌子の涙は悲しくも、どこか美しい。
僕は男の子の顔をまじまじと見た。あどけなく、可愛い顔をしているではないか。
「君、名前は?」
「貴」
「いくつ?」
「みっつ」
男の子は僕の質問に素直に答えてくれた。その瞳はまだ穢れを知らない、無垢の瞳だ。
「ねえ、携帯電話、持ってる?」
僕が昌子に尋ねると、彼女はジーンズのポケットから、デコレーションされたいかにも女の子らしい携帯電話を取り出した。
「よかったら、番号とアドレスの交換をしようよ」
昌子は「への字」になった口元を緩め、少しはにかむように笑うと、「うん」と小さく頷いた。だが頬は化粧が落ち、グショグショだった。
お互いに携帯電話を弄くる。その間、僕は子供の頃、昌子がよくうちに電話を掛けてきたことを思い出していた。