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僕が許した父

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 生活保護費が少ないことくらいは僕にだって想像できる。おそらく父は自炊していたのであろう。このフライパンを使って料理をしていたに違いない。鉄に染み込んだ油が独特の光沢を放っている。
 一体、父はどんな気持ちで、このフライパンを使っていたのだろうかと思う。侘しさを噛み締めながらも、去った家族の思い出にしがみつきながら、ひとり台所に立つ父の背中が見えた。
 僕は柿澤先輩の「鉄を生かすも、殺すも使い手次第」という言葉を思い出した。そしてどんな思いを込められて、このフライパンは作られたのだろうか。
「すみません。このフライパンも持って帰ります」
 さすがにフライパンまではバッグに入りきらない。それは手で持っていくしかない。東海道線の中でフライパンを剥き出しにして帰るのは少々恥ずかしいが、僕はどうしてもこのフライパンを持ち帰りたかった。

 家の片付けが終わったのは夕方だった。
 みんな最後には汗だくだった。トラックも家とゴミ処理場を何往復しただろう。
 僕は父のために沢山の人が関わり、尽くしてくれたことを知り、感謝の気持ちで一杯だった。
 きっと父も葛藤があったと思う。そして自分を責め続ける、悔悟の日々を送ったに違いない。そんな哀れな父の姿を見て、ここまで多く人たちが関わってくれたのだろう。
 同時に、今まで父に何もしてこなかった自分が急に恥ずかしくなった。かと言って今更できることは限られている。
「あのー、澤井さん。父の葬儀代や片付けの費用なんですけど、私が出しますよ」
 僕は声を忍ばせ、澤井さんの耳元で囁いた。
「ああ、片付けは費用がかかっていませんよ。すべて自前ですからね。葬儀の費用は……、弱ったなあ。葬儀屋さんに福祉でやるって伝えちゃったんですよ」
 頭を掻きながらも、澤井さんの顔は笑っていた。

 その後、僕は子供の頃によく遊んだ公園に立ち寄った。公園の隅に大きな、赤いタコの形をした遊具がある公園を、みんなは「タコ公園」と呼んでいた。
 僕はベンチに腰を下ろし、遊ぶ子供たちに目をやる。無邪気に遊ぶ子供たちに、幼い日の自分が重なった。
 タコの近くで男の子が泣いていた。どうやら母親に叱られているようだった。僕はその母親を見た。それは僕にとって忘れることのできない顔だった。
(あれは、昌子じゃないか……)
作品名:僕が許した父 作家名:栗原 峰幸