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僕が許した父

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「それにしてもお父さんの場合、発見が早くて良かったですよ」
 澤井さんがしみじみと言った。
「発見が遅れると、どうなるんですか?」
 僕は涙を拭いながら尋ねた。
「そりゃ、見られたもんじゃありませんよ。ムシに食われたりしてね」
「ムシ……ですか?」
「ウジムシですよ。以前に死後一カ月くらい経った仏さんを発見したことがあるんですけど、ミイラのようでね。布団と密着した部分だけ溶けかかって、ウジムシが溜まっていたんです。あれは強烈だったなあ。目玉なんか食われて無くなっていてね。しばらくの間、食べ物が喉を通りませんでしたよ」
 澤井さんが顔をしかめた。その話を聞くと、父がそのような状態でなく、あの安らかな笑顔のまま発見されて、まだよかったと思う。
「残したい物があったら言ってください。後で取りに来てもいいですから」
 澤井さんがそう言った。僕は大便と小便の付着したブリーフと、汗の染み込んだランニングシャツをビニールに包むとバッグに入れた。
 不思議とそれが汚らしいとは思わなかった。
「いや、これだけでいいです。今の家は狭いですから」
「じゃあ、あとの物は処分しますよ」
 僕は一呼吸置いて頷いた。
 僕が幼い頃に沢山シールを貼った机も、室伏さんとトラックへと積んだ。話によると、真鶴の山の上にあるゴミ処理場に廃棄するのだとか。僕は思い出が軋む音を立てて壊されるような気がしたが、こればかりは仕方がない。
「あー、これ終わったら大西で手羽先とチャーシューをつまみに一杯いくかなあ」
 室伏さんが背伸びをしながら呟いた。
「ああ、あそこのワンタンメン、美味しいですよね。でも、あそこで飲んだことはないなあ」
 澤井さんの顔からは汗が滴っている。それは早くビールでも飲みたいと訴えているようだ。
 僕は先程食べた「味の大西」のワンタンメンの味を思い出した。そして楽しかった家族の思い出を。
(そうだ。思い出は胸の中にあればそれでいい。それで十分じゃないか)
 そう自分に言い聞かせていた。
 ふと、がらくたの山の中にフライパンがあるのを見つけた。母が昔使っていた鉄製のフライパンだ。僕は何げなくそれを手にした。どうやら父は、母と僕が逃げた後も、ずっとこのフライパンを使い続けていたらしい。
作品名:僕が許した父 作家名:栗原 峰幸