小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

僕が許した父

INDEX|16ページ/27ページ|

次のページ前のページ
 

「こんな物、出てきましたよ」
 柏木さんが差し出したのは、何冊かのアルバムだった。
 僕は感慨に耽るようにアルバムを次から次へと捲った。アルバムの中では父は真面目そうな顔を装い、母は絶えず笑っている。僕はおどけていることが多い。それはいつも暗くなりがちだった家庭の雰囲気を少しでも明るくしようという、子供心ながらの努力だったのかもしれない。
 一段と古ぼけたアルバムがあった。まだ僕が生まれる前の、父と母だけが写っているアルバムだ。まだ二人とも若い。そこにいる二人は本当に幸せそうな笑顔を湛えていた。
(これだけは捨てられないな)
 僕はアルバムを全部、バッグに仕舞った。少しバッグが膨れ上がり、パンパンになってしまった。それにかなり重い。しかし、帰りには心地よい重みになっているかもしれない。そんな気がした。
 僕も荷物の搬出を手伝おうと腰を上げた。すると、何か布のようなものに足を取られた。
「うわっ!」
 僕は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。よく見ると、僕の足を掬ったのは一枚のブリーフだった。
(これが親父の着ていたパンツ……)
 僕の足を掬ったブリーフを摘まみ上げる。するとそれには大便と小便の染みが付着していた。
 僕は阿部さんの「トイレに入るのも辛そうだった」という言葉を思い出した。おそらくトイレにも行けず、漏らしてしまったのだろう。苦しそうにもがきながら、這いずり回る父の姿が瞼の裏に浮かんだ。それでも最後には母と僕を見つめ、苦しみを堪え、笑って死んだ父。
「お、お父さん……!」
 急に製鉄所の溶鉱炉のように胸の中が熱くなり、一気にドロドロに溶けた鉄が吹き出しそうだった。それは涙腺を緩めて、僕の頬を伝わる。僕はこの時、込み上げる嗚咽を抑えることができなかった。
「うっ、うっ……」
 父を棄てた大人が恥も知らず、泣き崩れた。僕の胸の中の溶鉱炉は、灼熱の涙を次から次へと作り続け、流し続けた。それは止まることを知らなかった。
だが、そんな僕を笑う者は誰もいない。
 トラックから戻った澤井さんが、僕の肩にポンと手を添えてくれた。その手の温もりが暖かかった。ほんわかと優しい「気」の流れのようなものが伝わってくる。
「あなたは優しい息子さんですよ。ほとんどの場合は拒絶されますからね」
 僕はクシャクシャの顔のままで振り返った。澤井さんは優しそうな笑顔でそこに立っていた。
作品名:僕が許した父 作家名:栗原 峰幸