僕が許した父
湯河原駅は昔とあまり変わっていなかった。変わったことと言えば、売店が小綺麗になったことと、真鶴駅と同じようにエスカレーターやエレベーターが設置されたこと、自動改札になったことくらいか。
僕は改札を右に出て、信号の角にある「味の大西」というラーメン屋へ向かった。ここは昔、家族でよく食べにきた店だ。
お店に入ると「いらっしゃい」と、若く元気なお兄さんが声を掛けてカウンターへと案内してくれた。
自分では今まで湯河原という地は鬼門だと思っていたが、ここだけはホッとする。何故ならば、ここでよく、家族揃って外食をしたからだ。そしてここで父が酒を飲む時はいつも機嫌がよく、笑いが絶えなかった。僕にとって「味の大西」は、湯河原で唯一、家族の楽しい思い出が詰まった場所と言っていい。
それに店員の愛想のよさも昔と変わらない。僕はここのワンタンメンが好物だ。もっとも子供の頃は量が多すぎて、残りを父が食べていた記憶もある。
程なくして僕の目の前にワンタンメンが運ばれてきた。
ラーメンを啜り、まるでギョーザのようなワンタンを口に入れると、自然に涙が込み上げてくる。父はここで飲む酒のように、何で家でも楽しく飲めなかったのだろうか。そう思うとワンタンメンのスープに涙が垂れた。
「ティッシュ、ありますよ」
お店のお兄さんがティッシュボックスを取ってくれた。ささやかな心遣いが嬉しかった。鬼門と決めつけていた故郷に温かく迎えられた気がした。
腹ごしらえを済ませた僕は海の方へ向かって歩き始めた。父の家、そう、僕の育った家は湯河原駅から海の方へ向かった土肥というところにある。近所は平家の借家が多く、父の家も借家だ。手入れをしていなければ、かなり老朽化していることだろう。
土肥は道路が碁盤の目のようになっており、しばらくこの地に足を運んでいなかった僕は、恥ずかしくも道に迷ってしまった。昔はなかったコンビニエンスストアも建っている。
コンビニエンスストアでペットボトルのお茶とスポーツドリンクを買った。澤井さんたちへの差し入れだ。きっと力仕事となれば汗も掻くだろう。
しばらく土肥の辺りをウロウロしていると湯河原町役場の文字が書かれたトラックを見つけた。そしてその前にある平家こそが、父の家だった。
澤井さんが僕を見つけて手を振った。
「こんにちは。ありがとうございます」