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僕が許した父

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 僕は母の前に親父の遺骨を置いた。母はそれをじっと眺めている。その瞳は潤んでいるようだった。
「それと」
 僕はポケットから一枚の写真を取り出した。阿部さんにもらった万葉公園での写真だ。
「親父は死ぬ時、これを握っていたそうだよ。その死に顔は笑っていた」
 そう言うと、母は堰を切ったように泣き崩れた。親父の遺骨にしがみつき、横隔膜が壊れてしまうのではないかと思うくらいの勢いで泣いた。号泣とは、まさにこのようなことを言うのだろう。
 そして母は何度も「ごめんね、ごめんね」という言葉を繰り返す。この時、母は心の奥底で、まだ父のことを愛しているのだと思った。でなければ「赤の他人」とまで言った人間に、ここまでの涙を流せるものだろうか。
 どうやら僕が両親と過ごした時間と、母が父と過ごした時間は違うらしい。何だか、そんな気がした。
「このお骨、どうしようか?」
「この人には実家なんてないも同然だからね。今更お墓に入れてもらえるかどうか」
 母が力なく呟いた。
「やっぱり、我々の手で供養して、お墓に入れてあげるのがいいのかな?」
「光ちゃんが許してあげられるんなら、そうしておやり。こんな人でも無縁仏じゃ可哀想だからね」
 母が涙を拭いながら言った。その目は慈愛に満ちた優しさを湛えている。母の唇が「おかえり」と動いたのを、僕は見逃さなかった。
 やはり父の遺骨を持って帰ってきて正解だったと、僕は思った。
 その夜は父の遺骨を枕元に置き、母と一緒に寝た。家族三人で寝たのはいつ以来だろうか。
 母の布団からすすり泣く声が聞こえた。
 僕は夜勤明けで父の火葬まで行き、疲れているはずだった。それでも何故か寝付けない。母への心配と父への複雑な思いが入り混ざり、寝苦しい夜だった。
 二人とも眠りについたのは日付が変わってからだろうか。

 翌日の東海道線も混み合っていた。やはり藤沢で窓際の席を取る。今日のシートはしっかりと僕の体重を受け止めてくれた。
 早川を過ぎて見る海の景色は昨日と変わらない。輝く海も、寄せる白波も見る者が見れば、心打たれる景色だろう。
 ただ、今日は僕の胸の中に降り積もる澱はなく、適度な緊張感と期待感が心を支配していた。
 そんな気分で眺める海はいいものだ。
作品名:僕が許した父 作家名:栗原 峰幸