僕が許した父
僕はこの時、父の遺骨を母の元へ持ち帰ってもよいものかと、まだ迷っていた。おそらく、ようやく落ち着きを取り戻した母の心を、激しく揺さぶるに違いない。
澤井さんが埋葬許可書の上に先程の写真を乗せてくれた。どうやら待合室のテーブルに僕が置き忘れていたようだ。
その写真を見て僕の心は決まった。
「明日、お父さんの家の片付けをするんですが、もしよかったら一緒に来てもらえませんか?」
澤井さんが静かに言った。
僕は明日から二日間の公休に入る。手伝うことは可能だ。だが、家の片付けまで福祉事務所がやるものだろうか。
「家の片付けを福祉事務所がやるんですか?」
「他にやる人がいなければ仕方ないでしょう。誰かがやらなきゃならないんです。大家さんに苦情を言われるのも我々ですからね。生活保護は生きている間はお金を出せますが、亡くなった後の片付けの費用までは出せないんですよ」
僕は片付けを行政に任せる後ろめたさと、父が人生の終焉を迎えた場所をこの目で確かめたい気持ちが入り混じり、了解しようと決めた。
「わかりました。是非、僕にも手伝わせてください」
「それでは午後二時に家の前に来ていただけますか? 家の場所、覚えていらっしゃいますよね?」
「はい」
僕は力強く頷き返した。
父の家の片付けの約束までし、川崎まで戻ってきたが、いざ自分のアパートの前まで来ると、足取りが重くなった。錆びた階段を一歩一歩上る。親父の遺骨が異様に重かった。
部屋のドアの前までは来たものの、開けるのをつい躊躇ってしまう。向こうには母がいるのだ。父にさんざん痛め付けられてきた母が。
それでも、ここまで来て引き返すわけにはいかない。僕は思い切ってドアを開けた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
落ち着いてはいるが、どこか力の抜けたような母の声が返ってきた。
母は僕を出迎えてはくれなかった。奥の六畳間にいるのだろう。それでも僕は親父の遺骨を母に見せようと、足を進めた。
(これは僕の務めだ)
自分にそう言い聞かせるが、心臓の鼓動は鳴り止まない。
襖は閉められていた。
ゆっくりと襖を開けると、母は西日のあたる部屋でひとり、正座をしていた。
「それがあの人のお骨かい?」
そう呟いた母の顔が随分と老けて見えた。
「ああ、親父の遺骨だよ……」