僕が許した父
「お父様の生活態度は真面目でした。お酒はもちろん、タバコも吸わない。いつも謙虚でね。私が訪問すると、お国の世話になって申し訳ないって、いつも泣いていましたよ」
澤井さんの口から出た言葉は、僕の知る父とはまるで別人であった。しかし、先程見た顔は、穏やかではあったが確かに父の顔だった。
「父は病院には通っていたんですか?」
「脳梗塞を患いましてね。湯河原厚生年金病院に入院していたことがあるんです。リハビリで単身生活が営めるくらいまで回復しましたが、左半身に少し麻痺が残りましてね。それでヘルパーさんに入ってもらったんですよ」
「なるほど……」
「じゃあ、父はずっとひとりだったんですか?」
「ええ、もちろん。女の人の影は見えませんでしたね。いつも寡黙に小説を読んだりしていてね。どちらかというと、家に閉じこもりがちでしたかね」
あの父が小説を読むなど信じられない。記憶にあるのは下劣な雑誌ばかりだ。母と僕が逃げ出した後の父は、どうやら僕の知っている父ではなくなったらしい。
「父は改心したのかな?」
僕が唸るように呟いた。
「改心というより、もぬけの殻といった印象でした」
阿部さんがやるせない表情でお茶を啜った。
呼び出しがかかり、釜の蓋が開いた。中から薄茶色の骨が係員により引き出される。
それは頑丈そうな骨だった。かつて土建業で鍛えた体ということもあるだろう。大腿骨の辺りなど、そのままの形で残っている。何度も母を蹴りつけた足の残骸がそこにあった。
「これが、親父の骨」
僕は思わず、そう呟いてしまった。
「そう、あなたのお父様の骨ですよ」
澤井さんが僕に寄り添うようにして言った。後ろでは阿部さんのすすり泣く声が聞こえる。
(もぬけの殻か。確かに親父の残骸だな)
そんなことを思いながら、澤井さんと箸で骨を摘まむ。
係員が残りの骨の説明をしながら、手際よく骨壷に収めていった。薄い頭蓋骨が一番上にきている。
「これは埋葬許可書です。これがないとお墓に埋葬できませんから、大切に保管しておいてください」
係員が僕に埋葬許可書を手渡した。その封筒を受け取るのを一瞬、躊躇ったような気もする。しかし気がついた時には、しっかりと受け取っていた。
(この骨をどうしよう……)