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抱き枕の匂い

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「いやはや、私妖怪の類でして」
 そう自称妖怪の類はうそぶく。
「というか、最近の妖怪はハイカラだな。なんでブレザーなんだよ」
 ブレザー姿の妖怪って聞いた覚えがないぞ。
「最近の妖怪は洋服だって着ますっ! というか着物なんて高くて手が出ない……」
 そんな所帯じみた妖怪、嫌だ。
「妖怪だからって他人の部屋に不法侵入するのはどうかと思うな」
 貞操の危機を感じた。割と冗談でなく。
「いえいえ、私は始めからこの部屋にいましたよ?」
「つまるところ、知りもしない他人と一緒に暮らしてた、と」
 ゾッとした。そんなの、トンデモ事件系のバラエティ番組で紹介される程度でいい。
「違いますよー、だから、私妖怪なんですよ。抱き枕の」
「抱き枕の妖怪って、またなんというか、情緒も恐怖もないような……」
 というか、抱き枕? 抱き枕なんて、使ってないぞ……。
 いや、まて。そーいえばゲーセンで勢いでとっちゃって処理に困っている抱き枕があったような。
 ……あの押入れに突っ込んでいたような。押入れを開くと、そこには抱き枕が……なかった。
「……ね?」
 いや、あのですね。こんなモテない独身オタクの妄想みたいな状況、実際に起こってもらっても困るんですが。そんな花の咲くようなドヤ顔を見せられても困るわけで、す、が!
 というか、良く見たらそのブレザー、その抱き枕のカバーに描かれていた女の子の着ていた服とそっくりだ。というか、その抱き枕に描かれていた女の子とそっくりだ。
 まあ、起こってしまったことは仕方ない。ヤクの売人に声を掛けられるは幾分もマシだ。いや、この状況をマシと言うのは非常に不味いのかも知れないが、相手に悪意はなさそうなのできっとまだマシだ。
「で、なんでそんな抱き枕が化けて出たの? そんなに粗末に扱ったつもりはないけど」
 サンドバッグの代わりに使ったわけでもないし。というか、女の子が描かれた抱き枕にそんな真似はちょっと無理だ。そーいうのはやたら契約を迫ってくる量産型ナマモノの抱き枕に任せる。
「むしろほとんど触ってすらないのが問題なんです」
 そう、抱き枕妖怪は言う。
「道具は使われてこそ意味があるのです。というわけで、使ってください」
 そう言って、まるで「抱いてっ!」とでも言わんばかりに手を広げる抱き枕妖怪。
「いきなりそんなこと言われても困るんだけど。余計抱き辛いし」
「む、むぅ。そ、それじゃあ、不束者ですが、よろしくお願いします」
「三つ指を突くなぁっ! 言い直してもダメだわっ!」
「こう見えて、尽くすタイプです。大丈夫、満足させる自信はあります。男でも女でも」
「余計使いづらくなったわぁっ! というか、やっぱりお前もそんなこと言うのかよぉっ!」
 よく他人から、「お前男なの? 女なの?」って訊かれる。ちょっと自信なくす。
「誰とも一緒に寝たことがないのに? 初物ですよ?」
「言い方気をつけろよっ! それとも何? 処女厨にこびてんの? 気持ち悪いよっ!」
 間違ってはない。間違ってないんだけれど、その言い方はちょっと。
「もぅ、わがままな人ですね。そんなところ、好きですよ?」
「黙れどこの層狙ってんだよちょっと分からないよっ!」
「このシリーズのマスコットを狙ってます!」
「萌えか、萌え枠かっ! あざといぞこいつっ!」
 抱き枕、恐ろしい子ッ!
 ……いや、いやいやいや。
 何で今更萌えを狙うわけ? 何? 遂に筆者はトチ狂ったの? それとも本性を出したの? はいてない+スカートよりはいてない+ホットパンツの方が萌えるとか呟くヤツだ。今後どんなてこ入れをしだすか分からない。分からないので、この辺でブレーキを入れておかなければならない。そのうちきっと『はいてない男の娘』とか出てくるぞ。
 と、誰に対して言うにもなし、とにかくこのトンデモな状況をどうにかしなければならない。
「人の形になったら余計使い辛い……」
「私は構いませんよ? なんなら、このままあなたの嫁になっても……」
「言わないよ? 抱き枕は俺の嫁とか言わないよ?」
「それじゃあ物凄く寂しい人ですもんね」
「分かっててそんなこと言ったのっ? それって物凄くタチ悪いんじゃないかなぁっ!」
 なんか疲れた。これ以上こいつのペースに乗せられるのはごめんだ。
 沈黙が流れる。ニコニコとした可憐な笑顔でこちらを見つめる抱き枕と、仏頂面の私。その両者の間に流れる沈黙を先に遮ったのは、抱き枕だった。
「……長年使われた物には魂が宿ると言います。しかし、今の時代、物が魂を持つに至る頃にはその役目を終えてしまいます。壊れたり、捨てられたり」
 抱き枕はそう囁くように語り出す。
「九十九年。そんなに長い時間、使われ続けた道具は、この時代には存在しないでしょう。私たちは生まれることすらできず、ただ朽ち果てていきます」
 大量生産、大量消費。物は安さと引き換えに大切に使われることなくすぐに買い換えられてしまう。
 しかし、それを悪とはどうしても私には思えなかった。それも一つの物のあり方であるし、資本主義とは生産と消費のサイクルによって成り立つ。物のありがたみは失せ、豊かさを得る。
 まさに等価交換だ。豊かさは肉体的に重要なものであり、また、物のありがたみは精神的に重要なものだ。それらはきっと等価だったのだろう。
 まあ、コレばかりは答えが出ない。貯蓄している者の方が偉いとする者もいて、同時に資本主義は生産と消費を行い続けなければ回らない。
 いや、まあ、結局は「金持ちが使えばいい」という話に落ち着いてしまうわけだが。
 しかし、このことと今回は話が違う。
 物が魂を持つには、長い時間が必要と言われる。それはつまり、この資本主義社会において、物が魂を得るのは不可能であるということを指す。
 無論例外はあるだろう。例えば、この抱き枕のように。
「何で化けて出れたの?」
 私はそう問い掛ける。
「生き物の形を模した物って、それ以外に比べて魂が宿りやすいんです。ほら、人形だってできてそんなに時間が立ってないのに髪の毛が伸びるでしょ?」
 それは嫌な例えだなぁ。『髪の伸びるホラー人形』と『イラストのプリントされた抱き枕』を一緒にはしたくなかった。
「で、お前さんの目的は?」
 大体分かっている。しかし、改めて訊いてみる。私の見解とこの抱き枕の思わくが同じであるか、今一度確かめる。
「それは、この一言が言いたくて。『大事に使ってやってくださいね』と」
 その一言と共に、急に襲ってきた眠気。ヤバ……眠い。フワフワとした眠気が頭を包んでいく。
 どっぷりと、また闇夜の眠りの中に意識が沈んでいく。その中で、ふと、素っ気ない作り物の匂いと温かみを感じた。

作品名:抱き枕の匂い 作家名:最中の中