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抱き枕の匂い

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 ……朝だ。これはもう、疑いようのない、完璧な朝だ。南向きの窓、向かって左方からは太陽が昇りつつあった。西の空はまだ藍色が強く、オレンジ色の東の空にはポツリと太陽が昇りつつあった。
 ボーっとする頭をもたげる。さっきまで見ていた夢すら忘れて、私は冷蔵庫まで這って行く。
 朝は弱いのだ。そのくせ今朝に限って、眠気はないのに身体のだるけや疲れは抜けていない気がする。
 冷蔵庫の中には牛乳がある。朝はコレを飲まないと起きた気がしないのだ。
 冷蔵庫まで辿り着くと、もたれかかる様に取っ手を握り、冷蔵庫を開ける。中には牛乳が――なかった。
 はて? 昨夜の食事時には有った筈だが……よく考えると、夜中にホットミルクを飲みたくなって、一つ空けてしまったのだった。そしてそのあと、私は布団の中にもぐりこんだ。ここまでは覚えている。しかし、そこから先は何も覚えていない。そりゃ、眠ってしまったのだから仕方がない。
 授業が始まるまで時間はある。いっそ近くのコンビニまで買いに行ってもいいが、体の方はあまり動きたがらない。
 このまま冷蔵庫の前にへたり込んでいても仕方がない。私はシンクに手を付けて、勢いづけて立ち上がる。
 着替えるために部屋に戻ると、押入れの戸が少し開いていた。この部屋の押入れの戸は少し立て付けが悪くなっており、ちょっとしたことで開いてしまうのだ。
 普段なら閉めてしまうところだが、今日は何故か開く。
 ――中には雑多に置かれた漫画の入ったダンボールや冬着、そしてまだ封のされている抱き枕が転がっていた。
 ふと、何の気まぐれか、抱き枕の封を開ける。自分でもこの抱き枕の封を開ける理由は思いつかなかった。
 抱き付いてみると、新品の素っ気ない匂いがした。
 駄目人間へとドンドン近付いている気がするが、何となく、それが正しい事だとうそぶく自分がいた。
 何か思い出しそうで、決定的に足りない匂い。それを嗅ぎながら、泡沫に消えたその何かを想う。
 結局それは思い出せないまま、同じボロアパートに住んでいる友人が起こしに来るまで、私は抱き枕の匂いを嗅ぎ続けたのであった。

 ――追記するなら、私はその様子を私を起こしに来た友人に見られてしばらく恥ずかしい思いをしたのだが、それはまた別の話だ。
作品名:抱き枕の匂い 作家名:最中の中