釣った天使
俺が何が釣れるんですかと尋ねると、男はやっと口を開いた。「鳥」とそれだけを言って、黙ってしまった。俺は鳥を釣るなんて聞いたことがなかったので面白そうに思い500円を払って、凧揚げの糸みたいな釣糸、小さな風船のようなエサを受けとって中に入った。オニギリはあとで持って来てくれるそうだ。
さっき車から見えた網で囲われた空間は思っていたより広く、芝生がきれいだった。椅子みたいのものは無く地面が傾斜している。すぐにそこに寝ころべば自然に空を見上げられる角度になり、首も疲れないということが解った。
教えられた通り、もうエサが付いている糸を空中に放った。その赤茶緑の混じった色で小さな風船のようなエサはゆっくりと空に上がって行き、霞の中に消えた。どうやら上空はかなり霞んでいるらしい。これも教えられた通り、八分目くらい糸が伸びたらそれを巻いている?マークのような形の鉄棒を地面に突き刺した。あとは時々糸を揺すっていればいい。釣りと凧揚げを一緒にしているようだなと思った。
秋晴れの天気と芝生の上で大地に包まれた安心感とでウトウトとしてしまった。足音で目が覚めると、男が皿にオニギリと漬物を乗せて持ってきた。さらに鳥籠を側においた。
そして男は糸をクイックイッと引いてから俺に手渡した。「釣れたぞ」と短く言った。
俺は糸を受取り引いてみた。なるほど少し重みが増している。さてどうすれば、と思っていると男は棒を地面から抜き取り、?マークの棒の丸い所を持って糸を巻いている。何てことはない原始的な方法でやればいいのだ。だんだんと糸が下がって来て、エサに食いついた鳥が左右に揺れながら羽ばたいているのが見えた。
「○○だ」と男が言ったが、俺は初めての鳥釣りで興奮していて頭には入らなかった。
手に捕まえた鳥は観念して静かになったが、俺の心臓はドキドキしたままだ。空中の〈無からあっという間に有に変わる〉感覚が俺を夢中させた。それを鳥籠に入れ、男にもう一つエサを頼んだ。二つ目は千円だという。えっそんな、というと「養殖に時間がかかるし、乱獲されると困る」という。俺はもう千円でもいいからもう一度釣って見たかった。結局千百円払って新しいエサを買い、釣った鳥を焼いてもらうことにした。そのあと、ふと気が付いてさらにもう一つエサを追加した。
オニギリを食べながら、俺はある計画を立てていた。この釣りセットをこっそり、あるいは強引に持ち帰るというものだ。観察すると釣り天園の出入り口は二重になっているがカギはかかっていない。男の他には誰もいない。小屋と園は隣接している。自分の車は10メートルくらい先。さほど困難はなさそうだ。俺はにんまりとしてオニギリを頬張った。