釣った天使
田舎に向かって車を走らせていて、最初のうちは通り過ぎる景色を見て、質問したり、喜んでいたカナエは静かになったなと思って見ると眠っている。生家を継いでいる兄達にカナエを見せたい誘惑にかられたが、どこかでボロを出して、人間ではないことがわかるとやっかいなので、生家にはよらないことにした。もう両親もすでに亡くなっているので、だんだんと疎遠になる。
麓に車を停めてカナエを起こした。半分寝ているような顔だったが、外に出て冷たい空気に当たると、シャンとした顔になった。空は曇っていて、まだ夕刻前なのに薄暗く感じた。幸い風が強くはなく、凄い寒さではなかった。
それほど高い山ではないが、霞んで見える頂上を見上げて「カナエはもう、飛べないんだよなあ」と俺は言った。カナエは山の頂上を見上げてふーっとため息をついた。
「どうした、やめるか」
俺がそう言うと慌てて首を振った。唇がきりっと結ばれ、引き締まった顔になり、俺はその顔が美しいと思った。カナエを引っぱりながら、苦労して頂上に着いた。身体が温まって、冷たい風も気持ち良く感じる。カナエは地面に腰を下ろして麓を見ていた。俺は懐かしさにあたりを眺める。
「何だか信じられない気持ちだなあ。ここで、釣った、いや出会ったなんて」
そう言って俺はカナエの方を振り向いた。あれ、いない。どこに行ったかと見回すと、カナエは祠に向かって何か呟いている。
「カナエ、何してるの」
俺がカナエに向かって踏み出した時、蛍光灯の光を何倍も明るくした光が辺りを覆った。
ヒューンとかすかに音が聞こえる。俺は上空を見上げた。眩しい光が丸い輪郭をもったまま少しずつ下降してきて、途中で止まった。俺は畏怖の思いにかられ、言葉も出ない。ただ石のように固くなって見ているだけだった。
やがて丸い輪郭の中から光の帯が地面に渡された。俺はその先にカナエの姿を見た。カナエがこちらを見ている。口が何かを言っているように動いたが、ヒューンヒューンという音が大きくなっていて聞こえない。カナエはその光の中に踏み出した。エレベーターに乗ったようにカナエは上に運ばれて行く。俺はぼうっとそれを見ているだけだった。思考がまとまらない。やっとカナエの方に足を踏み出した時にはもうカナエは光のエレベーターごと物体に入り込もうとしていた。
「カナエー」
俺が叫んだ声が聞こえたのか、カナエが振り返った。
「カナエー」
もう一度大声で叫ぶとカナエが軽く手をあげて何か言った。口の動きが「ありがとう」と言ったように思えた。