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茶房 クロッカス その2

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 ――俺と優子が知り合ったのは、高校一年の時だった。同級生だったんだ。
 高校一年で同じクラスになってはいたけど、その頃の俺は、他の奴らほど異性に興味もなかったし、優子のことも沢山いるクラスメートの一人にしか過ぎなかったんだ。
 ところがその年の夏休み、俺は暇だったから一人で商店街をぶらぶらしてた。
 すると路地の奥の方で何やら争うような声が聞こえて、俺はただの好奇心からだったけど、奥へ足を踏み入れたんだよ。
 そしたら……、優子が三人の男たちに無理やり……されそうになってた。
 俺はびっくりした! でも考えるより先に、その男たちに向かって行ってた。
 当然俺の方がコテンパンにやられてさぁ、でもさすがにそれ以上優子には手を出さなかったよ。
 その時から俺は、一躍優子のヒーローになったのさ!
 ちょっとカッコ悪いヒーローだけどな。あはははっ!

 京子ちゃんがふふふって笑った。

 優子は血が出た俺の顔を、可愛い模様のハンカチで拭いてくれたよ。
 俺は嬉しかったなぁー、あの時。
 そうだ! あの時のハンカチ、今でも持ってるんだぜ。
本当はすぐ後に洗って、返すつもりで持ち歩いていたのに、なぜか返しそびれてさっ、結局返さずじまいだった。
 それから俺たちは自然に会話するようになって、丁度夏休みでもあったから、一緒に図書館へ行って宿題をしたり、遊園地へ遊びに行ったりもしたよ。
 だけど、あの頃の俺たちは初心だったんだよなぁー。数ヶ月後にようやく初めてのキスをして、結局キス止まりだったんだ。

「ええぇ~どうして? その先は?」と聞く京子ちゃん。

 結局、付き合いは高校卒業するまで続いたんだけど、一度もお互いの家には行ったこともないんだ。
 俺たちの頃って、今みたいにオープンじゃなかったんだよ。だから今でも俺は、彼女の家がどこなのかも知らない。
 その後俺が大学へ行って、俺さぁ、好きな娘ができちゃったんだよ。
 で、ついついさっ、彼女のことほっぽっちゃったんだよなぁー。
 今思えばホント、俺って馬鹿だと思うよ。

「………」

 でもなぁ京子ちゃん、都会には素敵な誘惑がいっぱいあるんだよ。特に田舎者にとってはね。だから彼のことはもう諦めた方がいいかもな。辛いだろうけど……。

「それで悟郎さん、その人は今は?」
「うーーん、実際の所は分からないんだ。あれから一度も会ったこともないし、俺が大学の時に別れてそれっきりだからなぁ」
「彼女がどこに住んでるかも分からないの?」
「ああ結婚したっていうのを噂で聞いただけで、どこの誰とやら……だなぁ」
「そうなんだぁ。――悟郎さん、その人に逢いたい?」
 京子ちゃんは自分のことよりも、俺と彼女の話に夢中になっているように見えた。
「うん、正直言うとこの店の名前も、そういう意味があって付けたんだよ」
「それってどういう意味?」
 俺がその理由を話すと、京子ちゃんはうっすら目に涙を浮かべていた。
 そして一言、
「悟郎さんも辛い思い出があったんだね」
 そう言うと立ち上がった。
「ありがとう。じゃあ私、帰ります」
「そうかぃ、じゃあまたおいで」
 代金を払うと、京子ちゃんは来た時とは別の顔で店を出て行った。
 クロッカスを出た京子ちゃんが俺のことを、
《そうなのかぁ、悟郎さんにもあんな辛いことがあったんだぁ。私と京平も同じように別れになっちゃうのかなぁ……もしそうなったら……仕方ないのかなぁ……》
 などと思いながら、せつない胸中を激しい涙の雷雨に晒していたことは、まったく知らなかった。孤独と哀しみの涙の雨に……。