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てっしゅう
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novelistID. 29231
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「哀恋草」 第三章 吉野山

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みよは自分がどう思われているのか改めて知った。孤独な人生に喜びを与えてくれたのは久と光だった。むしろ自分よりも、助けた二人から与えられたものの方が大きかったのだと、反省した。

「姉上、光、許してくだされ・・・みよは心を入れ替えまする。今までのように仲良う暮らしてゆきましょうぞ」

ぽたぽたと頬から流れ落ちる涙のつぶを、拭うこともせず、やがて久に抱きついた。光もみよに抱きついた。この夜、本当の意味で三人は姉妹になれた。これから先の人生でどんなに雨風が強かろうとも、天地が逆さになろうとも、姉妹の気持ちが壊れる事はなかった。

この夜、作蔵は一蔵に呼ばれて話し込んでいた。今日熊野から懇意にしている商人の使いの者が訪れ、主の伝言を書面で渡していた。その文面には、大台ケ原のお堂に維盛一行が隠れ住んでいる事が記され、内々に援助する依頼がしたためてあった。使いの者には、帰り道にお堂に立ち寄り、承知の意を伝えるべく一蔵の書を持たせて帰した。作蔵は、話を聞かされ、兄から一度訪ねてくれるようにと頼まれた。考えた末に、条件を出して承知した。

「兄上、久と光をここに置いて下され。みよは連れて帰りまするゆえ、大峰(大台ケ原)から戻りましてから、そのように願いまする」
「・・・なるほどのう・・・いずれあの二人には難儀が来ようでのう。匿うのも逃がすのも、わしに任されい!」
「ありがとうございまする・・・荷が下りてございます」


作蔵が兄一蔵から含まされた内容を翌朝久とみよ、光を呼んで内密に話し始めた。

「今から話すことは他言無用じゃぞ!良いな」
「はい、承知でございます」
「うむ、久と光は兄上が世話になり申せ。わしが嫌ろうてのことではないぞ、よいか。兄上は京にも熊野にも人脈があり、信頼されておられるゆえ、これからのことがわしよりも安堵できる場所になろうでな。解るな?久・・・」

久は大きく頷いた。光も頭を下げた。みよは理解出来なかったので、作蔵に聞いた。

「何ゆえ私は残れぬのでござりますか?」
「みよ、そちはわしの娘(こ)共に帰るのが筋じゃ。二人は元々客人ゆえ、永久に引き止める訳にはゆかないのじゃ、良いか、詳しくは申せぬが今が引き時なのじゃ。そちにもいずれ解る時が来ようが、今は言えぬ。今しばらくは滞在するゆえ、名残を惜しむがよいぞ。しかし、半日もあればこことは往き来できる道のり・・・逢えなくなる訳ではなかろうに・・・堪えよ、みよ。三人の絆が切れる訳ではないからのう・・・」

みよには作蔵の言いつけが自分と久、光を引き離す口実にしか聞こえなかった。いやがおうにも真実が知りたくなっていた。久と光は一体どういういわれなのか・・・きっと父上も叔父様もご存知なんだろうと・・・その日は眠れなかった。光が、気を利かせてみよの寝所に忍び込んできた。


「姉上・・・なにやら眠れないご様子・・・私も同じでございまするゆえ傍に居て構いませぬか?」
「光か・・・そなたは何故に眠れぬのじゃ?」
「はい、光は姉上と離れる事が嫌でございまする!姉上にたくさん教えて戴きとう事やお話したいことがござりまするゆえ、それが悲しゅうて眠れませぬ」
「・・・まことか、光とは元をただせば他人、歳も離れていように、そのように本心で申されるのか?」
「みよ様は姉上ではござりませぬのか?昨日の契りはウソだったのでございますか?」
「・・・そのような事はないぞ!少し父上のお言葉に気が動転して、我を忘れておった。許されよ・・・光はこの先も永劫に妹ゆえ、みよのこと姉と慕われるが良いぞ。隣にきなされ!身体を温めおうて今宵は眠りましょう・・・」

光は言われるとおりに、みよの褥に入った。幼い自分とは違いひと回り上のみよの身体は柔らかく女だった。少し胸の膨らみも感じていた光ではあったが、みよのそれとは比べ物にならなかった。母に添い寝されているような安堵感に包まれて、深い眠りへとついた光を、優しく髪をなでて、その愛おしさを改めて感じていたみよであった。


少し寝坊してみよと光は、朝餉を待っている久と作蔵の前に現れた。一蔵はすでに出かけていて留守だった。

「頂きましょうぞ!それから、光は食べたらすぐに出かけるゆえ、支度をしなさい。久とみよは留守を頼みまするぞ」
作蔵はそう話した。そのことには誰も行き先などを聞く事はなかった。光は誰よりも早く済ませて、着替えに戻った。作蔵が、買った着物を着るように勧めたので、そのようにした。久が薄っすらと化粧を施し、仕上がった顔立ちは周りをハッとさせるほどの美しさになっていた。

「作蔵様、お待たせを致しましてございます」そう告げた。振り返った作蔵は、光の女振りにしばし言葉をなくし見つめていたが、やがて出かけようぞ!と玄関先に歩いていった。表門まで久とみよは送り出た。桜が綺麗に咲き誇る中を熊野への街道を大峰に向かってゆっくりと二人は歩き始めた。

「光、行き先は大峰の向こうにある山小屋じゃ。訳あって頼まれ物を届ける。そちは娘の光・・・と紹介するから、そのように振舞うのじゃぞ」
「はい、解りましてございます」
「そちを同伴するのは先方を安心させるためじゃ。向こうは訳あって難を逃れたお人と身内ゆえ、わしが一人で訪ねると、不審がられるでのう、解るか?光」
「はい、十分に心得てござりまする」
「うむ、良い子じゃ・・・いや良い娘じゃ、ハハハ・・・」

作蔵の笑い声に少し気持ちが和んだ光であった。


吉野山の上千本と呼ばれる山の上の桜はまだつぼみであった。光は自分のようだと感じた。綺麗な花びらを咲かせることが出来たら、どんなに嬉しいか・・・それを夢見て過ごそうと乙女心が騒ぐ、そんな心と身体になってきていた光であった。山頂近くになって修行層が行く山道を右に折れ曲がり、薄暗い光が差さない小道を進んでいった。

少し疲れを見せていた光を気遣って、作蔵は休息を取った。竹筒の水を飲み、久が作ってくれた干し飯を二人は食べた。この当時はコメは玄米である、またもち米でもあったから、乾燥させて餅のような食感で水を飲みながら少しずつ口に入れて食べる。もちろんおかずなどない。塩が効いているからそれがおかずだ。

小半時(30分程度)ほど休んで再び歩き始めた。体は軽く感じていた。塩分が体力の消耗を抑えた。体の体液(血液)濃度が増したので、元気が出てきた。もう半日は歩いただろう。作蔵はもう近いことを告げ、足取りをさらに速めた。やがてそのお堂は姿を現し、外で見張っていた維盛の家来が、二人が来たことを中へ伝えた。作蔵は、扉の前で、身分を名乗り、光を紹介し、旅の疲れを中で癒したいと声を出した。扉の向こうから声がして、二人は中へ入った。六畳ほどの広さの畳が敷いてあり、板葺きとあわせてそれなりの広さになっていた。

「吉野山から来ました。作蔵と申します。こちらは娘の光。お見知りおき下され」続けて使者に持たせた一蔵の言葉を改めて口頭で述べた。安心したかのように、奥から一人の若者が進み出て、礼を述べた。頭を下げていた光がゆっくりと頭(こうべ)を上げてその若者と視線を合わせた。