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てっしゅう
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「哀恋草」 第三章 吉野山

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「光にござりまする、お見知りくださいませ・・・」声が震えた。なんという凛々しいお姿、お顔立ち、光は都人だと直感した。若者は身分を明かさなかったが、その言葉遣いで高貴な人物だと知りえた。また、維盛も光が普通の町娘ではないことを、同じ言葉遣いで知った。

「名は申せぬが、よしなに頼みまする。光どのはお幾つになられるのじゃ?」
「はい、11でござりまする・・・」
「なんと!・・・信じられぬ容姿じゃ。作蔵殿とやら、娘子はまさにそのようでござるのか?」
「はい、光の申すとおりに間違いござりませぬ」

維盛はしばらく声が出なかった。都にてもこれほどの女子はめったに出逢えぬ。気持ちを落ち着かせて、さらに訪ねた。

「ご兄弟は居られるのか?」
「はい、姉がおりまする、ひと回り上ではございますが・・・」
「そうか、母上もさぞかしお美しい方で居られような・・・」
「ありがたきお言葉・・・父の前で恥ずかしゅうござりますが、母上は一番尊敬できるお方、光のすべてにござります」
「うむ、良くぞ申された。作蔵殿、ご立派な娘子に感心いたした。良くぞ訪ねて来られた。厚く礼を言いますぞ」

そういって、家来になにやら持たせて、自らの手で作蔵にねぎらいの品を渡した。作蔵も兄から授かった包みを差し出した。


「作蔵殿と光殿、もう日が落ちて来るゆえ、今宵はお泊りなされ。狭いが、寝所はござるゆえご安心召されよ。昨日使者が届けてくれた干しあわびがあるゆえ、夕餉を楽しまれよ。酒もござるゆえ・・・」
「かたじけなく存じます。お言葉に甘えまして、そうさせて頂きまする」
「そうか、嬉しいのう。光殿にはここにも娘子が居るゆえ、話し相手になってくれまいか?」
「かしこまりましてございます。私でお役に立つことは何なりとお申し付けくださりませ」
「かたじけのう存ずる。では、女子達の話し相手にお願いする」

久と同じ歳ぐらいの家来たちの妻と一人自分と同じぐらいの娘と少し小さい男子が居た。同じ所に集まって、夕餉までの時間語らっていた。女子供は皆口止めされていたので、思うように話が進まない。光は自分の子どもの頃や母のこと、姉のことなど話していた。不思議と身分が近いせいか、違和感がなかった。言葉遣いも、習慣も、知識も・・・

やがて夕餉になって、光は初めて干しあわびを口にした。その甘みと苦味、こりこりとした部分の食感と柔らかいもっちりとした部分の食感に舌鼓を打った。鯨といい、自分が食べたこともない珍味が口に出来ることなど、ここでは考えられなかったから、驚きを隠せなかった。和束村から出た事のない光には、世間の広さと縁の不思議さに心揺さぶられる旅立ちになっていたし、さらにこれからその降りかかる出来事に魂が揺さぶられることになるのであった。

食事が済んで維盛は作蔵から、一蔵の自分への気遣いを改めて聞き及んだ。確かにここでの暮らしは辛いしそう長くは続けられない。暖かくなってくると修験僧たちの往来は頻繁になってくるからだ。夜が更けるまで考えた末、自分と家来二人の身はさて置き、女子達と子供は一蔵の世話になることを受け入れた。

「作蔵どの、考えた末じゃ、悪く思うなよ。罪のない女子たちや子どもたちにはこれ以上ここでの暮らしは続けさせたくない。わしと家来の二人は運命を共にすると誓っておるから、残ることにする。修験僧に身をやつして滞在しよう。時折、使いの者に無事を知らせる文を持たせてくれるよう頼もうぞ・・・」

「かしこまってございまする。兄一蔵にしかと申し伝えましてございまする。今はご無事を祈るしか作蔵には出来ませぬゆえ、何なりとご不自由な品などございましたら申し付け下さいませ。運ばせまするゆえ、遠慮には及びません」

「うむ、かたじけない。そうするとしよう」

夜が明けて、作蔵は一人でこのことを兄に伝え、女子たちと子供を迎え入れるための支度をするために、里へと向かった。光は、迎えに戻るまで一人で残るように言われていた。人質ではないが、信頼への証にもなると考えたのだ。


残された光は、女子達とだんだんに打ち解けあって話も弾んでいた。維盛が皆を集めて話を切り出した。

「皆のもの、今から申す事を胆に命じこれからの生き様とせよ、良いな。ここの暮らしはわしと男二人だけにする。この者たちはわしの唯一の家来であり、助言者でもあるから、運命を共にしたい。それぞれの妻には申し訳ないが、子供たちと共に、長く生きてくだされ。平氏一門の名に恥じぬよう、一蔵殿のお世話になるように・・・そこの光どのがよき話し相手となって下さるであろうゆえ。間もなく、作蔵殿が迎えに来られるので、みなは里に下りる準備をなされよ。残る我らの心配は無用じゃ、安心して暮らすが良いぞ」

維盛の言葉にすすり泣きが聞こえていた。光はなんだか自分のことのように涙が出てきて止まらなかった。その様子を見て、維盛は近づいてきた。

「光どの、わしは平維盛じゃ。名のらんですまなかった。そちの事は・・・忘れぬゆえ、そちもわしの事覚えていてくだされよ。つかの間の出逢いであったが、忘れえぬ思いとなりそうじゃ、達者で暮らされよ」
「平・・・維盛さま・・・なんという!ご縁でしょう!私めの父は・・・勝秀殿でございまする!」

一瞬、閃光が維盛の身体を突き抜けた。このような縁があって良いものなのか・・・二人はずっとお互いの目を見続けていた。光はもう恋をしてしまったようだ・・・


作蔵は昼を過ぎた頃に兄の家人を一人連れてやってきた。重たい荷物を作蔵と家人は抱え、女子達と子供は身軽な出で立ちにてお堂を後にした。光は、一蔵から貰った笛を吹くから自分だと思って聞いてくだされ!と維盛に伝えた。維盛はしかと心得た、と返事をして、時々山を降りて逢いに行く、とも言ってくれた。光の心臓はその言葉の後からずっとときめいていた。ドクンドクンと打ち鳴らす胸の鼓動は里に戻るまでずっと続いていた。

維盛は光との縁を勝秀の自分への恩義だと素直に喜んでいた。そして、自分がした勝秀への仕打ちを深く恥じた。もうこれ以上に戦うこともしたくなかったし、家来の命を粗末にする事は出来なかった。追っ手が来る前に自ら命を絶つ覚悟を決めようとしていた。

一蔵の屋敷に着いた一行は、温かく迎え入れられ、それぞれに部屋を与えられた。迎えに出た久とみよはたくさんの身内が出来た事を素直に喜んだ。挨拶で一蔵は、皆仲良く暮らすようにと釘を打った。みよは自分だけが作蔵と家に帰る事が急に寂しく感じた。その日は光と一緒に湯殿に入ろうと約束し、その時間が来た。

「今日が最後の夜、みよが身体を流して進ぜように。ささ、ここに座りなされ」
「はい、姉上。でも・・・前は恥ずかしゅうございまするゆえ、背中だけにして下さいまし」
「みよに・・・そなたのすべてを見せてくだされ・・・思い残すことが無いように・・・じゃ」
光はうつむいてしまった。なんだか悲しい。もうなされるがままにしようと決めていた。