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てっしゅう
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novelistID. 29231
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「哀恋草」 第二章 逃避行

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「久さまはお武家さまではござりませぬか?どことのう気品ある振る舞いとお言葉遣い。気になさらなくても大丈夫です。父作蔵も武士を捨てて炭焼きになった人ですから。吉野には実母の住まいがございまして父の兄が後をついで林業を営んでおります。杉の材は吉野川を下り遠く熊野へ寄進されると聞きます。お宜しければ吉野で作蔵の兄をお尋ね下さいまし。快く迎えていただけるでしょうから」

久は、ここでの出会いが偶然ではなく、自分たちを待ちうけていた定めだと思うようになっていた。吉野へ行くと話したその吉野に身内が居るなんて、ただの偶然とは思えなかったからだ。

「ほんに嬉しいお気遣い、痛み入ります。みよどのはご亭主はござりませぬのか?お子達はいかがなのですか?」
「・・・私はここの家に来て以来父作蔵の申すとおりに婿殿をお迎えいたしましたが、子が出来ず、今はあきらめて父の後を継ぐ決心でございます。亭主は物言わず数年前に出て行ってしまいました。それもいたしかたないこと。久殿はお美しいゆえご縁がすぐに出来まするな」

そう言って、みよは初めて笑いを見せた。久もつられて久しぶりに笑った。光はじっと聞いていたが、途中で起こされたので目がうつろになっていた。それに気付いたみよは、寝所へ案内してまずは眠るように勧めた。光は案内されたとおりに部屋で着替え、すぐに深い眠りについた。

「久殿今宵はお話がたくさんしとうございまする。どぶろくを傾けて女同士語りましょうぞ!」
「はい、私もそう願っております」
夜が更けるまで話し明かした二人は、みよが用意した湯殿に一緒に入ることにした。何日振りかで入る湯は身体と心を癒してくれた。久の染み一つない真っ白な肌にみよは魅かれた。この人は普通じゃないとこの時にはっきりと確信していた。

「久殿は美しゅうございますなあ・・・光殿もお綺麗な方とお見受けしました。心開かれたならば、本当のご事情をお聞かせ下さいませ。きっと我らがお役に立てることになろうかとお察しいたしまするゆえ」
久は、しばらくみよの顔を見つめていた。

「おみよさま、ありがたいお言葉に初めて逢ったとは信じえません。みよ殿も辛い過去がおありのご様子・・・あとを継がれるご決心は並みのことではござりませぬ事ゆえ。久は心に染みましてございます」

久の目から涙がこぼれた。みよは、自分を気遣ってくれた久を今宵一度の逢瀬に終わらせたくなかった。久の手を握り、そして身体を抱き寄せた。久の柔らかいそして十分な女の感触は同姓としてもハッとする触れ合いだった。

「久殿、みよは・・・みよはお慕いしとうございます!今宵の出逢いは決して偶然ではございません。吉野に行かれてもお互いに通い合えるようにしとうございます。いけませぬか?お慕いしては・・・ご迷惑ですか?」みよも涙目になっていた。

肌を合わせてみよの鼓動を感じ取っていた久は、それが自分への本心である事を疑わなかった。身体は硬いが自分より若いみよを、愛おしくさえ感じ始めていた。女としての幸せを捨てた二人に共通した悲しみと情がこみ上げてきた。二人はより強く抱き合っていく・・・立ち込める湯気が二人の身体をより熱くそして淫靡なものへと誘ってゆくのだった。

のぼせるような熱い抱擁を久は勇気を出して振り払った。

「おみよどの・・・もうこれ以上はなりませぬ。女子(おなご)の芯に火がついたら止められぬようになりましょうぞ。もうすっかり夜も更けましたゆえ、湯殿から出て床につかせていただきとうございます」
「気がつきませぬことで、お許しください。みよは、久殿の抱擁に包み込まれて久しぶりに幸せを感じましてございます。一つだけ願いを聞いていただけませぬか?」

久は、湯に浸かりなおし、みよの顔を覗き込んで首を縦に振った。

「なんでしょう?お聞かせ下さい」
「はい、父作蔵が戻りますまで、この家でご逗留していただけませぬか?きっと父は久殿のお役に立てると思いますゆえ。いかがでございますか?お急ぎではなければぜひ、そうしてください」

久には願ってもない言葉だったが、このまま甘えてはいかがなものか迷っていた。みよは、裏のない純真な娘であろうことは知りえたが、自分と光の本当を知ればどう思うか、そのことも悩まれることだった。

「みよ殿、なんというご親切なお申し出、久と光には勿体のうございます。これ以上ご迷惑をおかけする事は忍びのうございまするゆえ、明日には旅立ちとうございます。お許しくだされ」
「・・・久殿、みよは・・・みよは・・・一日でも長ごう、ご一緒したいだけ・・・
嫌でございまする!せめて二三日お過ごし下され!お願いでござりまする・・・」

みよは泣き崩れた。久はそれを見ていて、自分の若い頃を思い出した。思いを寄せていた御仁(おひと)に別れを告げられ、せめて今夜だけでも傍に居させてほしいと願ったその日のことを・・・もう遠い過去のことではあったが、今みよの姿に鮮明に甦ってきた。

「久を悲しゅうさせないで下さいまし・・・みよ殿のお気持ちは痛いほどに身に染みてきましょうぞ。久にはありがたすぎるお言葉なのに、むげな返事で悲しませてしまいました。みよ殿の純真なお気持ちに久はわがままを捨てようと決心いたしました。お父上が戻られるまでご一緒させていただきましょう」

みよは立ち上がって飛び跳ねて喜びを表わした。子供のようなその態度に久は自然に笑みがこぼれ、やがて笑い声に変わった。久のとなりにくっつくように湯船に飛び込み、久の顔と髪はびしょ濡れになってしまった。

「みよ殿!何という事を!お行儀の悪い・・・」
「久殿!みよって呼んでください!みよで・・・」
「みよ、とはいえませぬよ。・・・おみよさん・・・と言いましょう」
「はい、呼んでみてください!」
「おみよさん!」 「は~い、久殿・・・堅苦しいなあ・・・そうだ!姉上と呼ばせてください!それがいい、ね?いいでしょう?」

困った顔をした久だったが、もうみよには全て観念した様子だった。
「はい、いいですよ、おみよさん」
「姉上!・・・もう一度抱き締めてくださいまし・・・」

みよは強く久と抱擁した。高鳴る鼓動が久に伝わると、久は身体を少し離し、両肩に手をやって、みよをじっと見つめた。

「おみよさん、久はうれしゅう思います。このときから私達は姉妹も同じ。助け合ってゆきましょうね」
「ほんとうですか?みよは、久殿を本当の姉上様と思うて暮らして行きまする。もう辛くはございませぬ。姉上の悲しみに比べたら、みよは幸せ者・・・何なりと仰せ付け下れ。みよは、姉上を一生お慕いしまするゆえ・・・」

久には本当に嬉しい言葉だった。人はたった一夜の逢瀬でこのように親密になれるものなのかと、その縁に人生の機微を悟った。勝秀との縁もそうであったように運命の出逢いは時として幸せを、そして時として不幸を与えてくれる。都のめまぐるしい戦況とは、かけ離れたこの地で、ゆっくりと地道に生きてゆく人達がいたことも、久は知った。そして自分たちの流されてゆく人生が、どのようになるのかは、まだ予測もつかないこの夜の久であった。