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茶房 クロッカス  その1

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 それから数日後の日曜日。いつもうちの店の花をお願いしている、近所の花屋の奥さんが来ている時のことだった。

「ねぇ礼子さん、最近店の方はどう?」と俺が聞くと、礼子さんはちょっと考える素振りをして、
「う〜ん、相変わらずよ。それより表の花、クロッカスだっけ? もうじき咲きそうね」と言った。
「あぁそうなんだよ。綺麗に咲くといいなぁ〜」
「ねぇ、前から一度聞いてみようと思ってたんだけど……」
「何? 俺? ――目下、彼女なし、現在花の独身!」
 俺がにや〜っと笑ってそう言うと、
「はいはい、分かっております!」 
 そう言って、可笑しそうにクスッと笑い、
「――そうじゃなくてさぁ、店の名前……」
「うん? 名前がどうかした?」
「だからね。名前さぁ、何でクロッカスなの? ずっ〜と気になってたんだぁ、私」
「何だ、そんなことかぁ――」俺は一呼吸おくと、
「――実はね、それには語るも涙、聞くも涙の悲しい物語があるんだよ」
 と、思わせ振りに笑って見せた。
「えっー?! 何よそれって、気になるじゃない!」
 突然甲高い声を出して礼子さんはそう言うと、次の言葉を待つようにじっと俺を見た。

 その時だった。
 カラ〜ン コロ〜ン 
 ドアが開いて、女の子が一人で入って来た。

「いらっしゃ〜い」と、いつものように声を掛け、
「礼子さん悪い、また今度ゆっくりなっ!」
 そう言うと俺は、カウンター席に遠慮がちに座った女の子に、笑顔で注文を聞いた。
「何にしますか?」
「じゃあねぇー」 
 礼子さんは軽く手を振り帰って行った。
「紅茶をお願いします」 
 女の子が恥ずかしそうに言った。
 俺はニコッと頷いてカップを用意した。本当は入って来た時から気付いていたんだけど、さも今気付いたかのように、
「あれっ!? 君、ついこの前、来なかった? 彼氏と二人で」と聞いた。
「あれっ!? マスター、私のこと覚えていてくれたんですかぁ?」
「うん、まぁね。で、この前の彼氏は元気にしてるのかぃ? 東京へ行くとか言ってたよね」
「えぇ、やっぱり初めてのことがいっぱいだから大変そうだけど、頑張ってるみたいなんです」
 頬を薄く染めながら言う彼女を見ていると、自分の過去の彼女とダブって見えた。
《今頃彼女はどうしているんだろう。幸せにやってるんだろうか……》

「ねぇマスター、私、時々ここにお邪魔してもいいですか? 何だかここって落ち着くし、彼が上京する時に、最後に会った場所だしぃ」
「あぁ、もちろんオッケーだよ!」
 そう言って俺は、指を丸めてOKサインを作った。
「俺は前田悟郎、よろしくなっ! 君は?」
「えっ!? 私? ――私は京子で〜す」
 彼女は少し照れながら下の名前だけを言った。
「そうか、京子ちゃんは高校生なんだろ?」
「えぇ、でももう一応卒業式も済んだから。今の状態って何て言うんだろう?」
「――じゃあ四月からは大学? それとも就職?」
「一応就職が決まってるんです。地元の建設会社に」
「あっそうなんだ! じゃあもうすぐ社会人一年生だねっ」
 目いっぱいの笑顔で俺は言った。
「――そりゃあ良かったね」と。
「ありがとう」 
 京子ちゃんは可愛い笑顔を見せてにっこり笑った。

 お昼が近付くに連れ客が増えていき、俺は忙しくなって、その後は京子ちゃんと話していられなくなった。
「――じゃあマスター、じゃなかった悟郎さん、また来ますねっ!」
 状況を察した京子ちゃんはそう言うと、爽やかな笑顔を残して帰って行った。