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茶房 クロッカス  その1

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 店に戻ると、ボックス席に二人連れの女性が座ってコーヒーを飲んでいた。
「薫ちゃん、ありがとうね」と声をかけると、
「マスター、ちょっと……」と、薫ちゃんがニコニコしながら手招きした。
 俺は糸もないのに釣られた魚みたいに、ずるずると引き摺られるようにして、薫ちゃんの傍まで行った。
《どうした?》という顔で薫ちゃんを見ると、薫ちゃんはぐぐっと顔を近付けて来て、思わず身を引く俺の腕をガシッと掴むと、その口を俺の耳に寄せて来て何やらゴチョゴチョと囁いた。
 俺は(ほんの少し)他のことを期待していたので、ドキドキして何と言ったのか聞き取れなかった。
「えぇー?」と聞き直すと、
「だからぁ、あの人きりんさんて言うんですって!」
 そう言いながら、ボックス席の方をそっと指差してニコッと笑った。
「はあー?」
《何を言ってるんだ?》と思いながら薫ちゃんを見ると、やはりあちらをツンツンと指差す。
 そのまま視線をあちらに移し、しばらく様子を見ていると年長の女性の方がもう一人に向かって、
「だからそうじゃないの? きりんちゃん」と言うのが聞こえた。
《ひゃ~、ホントにきりんちゃんて言うんだあの人……》
 俺の人物観察眼がムラムラと欲望を膨らませた。
 俺はさり気なく、じっと二人を眺めた。
 きりんちゃんと呼ばれた方は、スレンダーボディに髪はセミロング。比較的可愛い顔立ちで、年の頃は四十歳前後とみた。変わった柄のトレーナーを着ている。白地に黄色と黒のブチ模様。アニマル柄にも見えなくはないが、微妙に違う気がする。
 そしてもう一方の女性は、そう、年の頃は五十前歳後、多分長いだろう髪を結い上げて、首筋の後れ毛がそこはかとなく色気を漂わせている。
 今どき珍しく和服姿で、羽織の絵柄は、薔薇の花をメインにその周囲を色んな小花が取り巻いている。
 着物のことは詳しくないが、ちりめんとかいう物だろう。
 髪の間で煌めいているのは簪だろうか? 今時、風流な人もいたもんだ。