茶房 クロッカス その1
「コーヒーをお願いします。たこ焼きはないでしょうなぁ?」
「たこ焼き……???」
年の頃は六十前後の、今時珍しく和服姿の男性だった。
何やら変わった帽子を被り、ふっと俳人の松尾芭蕉を彷彿させる雰囲気を秘めた人だった。
「すみません。たこ焼きはやってないんですが……」
俺が済まなそうに言うと、
「いやいや、気になさらんで下さい」
そう言うと、袂から何やら小さい本を取り出し、おもむろに読み始めた。
俺がカウンターに入ってコーヒーの準備を始めると、紅茶をとっくに飲み干していたおばさんが、ようやく重そうな腰を上げて、
「マスターお愛想」と言った。
俺が手を止めて代金を受け取り、
「ありがとうございました」と言うと、
「さっきの話内緒だからねっ! 」
と、耳打ちするように小さな声で言いながらニヤッと笑った。
このおばさんのせいで花屋の二人が悩んでいるかと思うと、蹴っ飛ばしてやりたい衝動に駈られたが、ぐっと堪えて「またどうぞ~」と言って送り出した。
早くこのことを淳ちゃんや礼子さんに知らせてやりたい。
しかし、店には俺一人だから抜ける訳にはいかない。じれったいなー!
こんな時にバイトの子でもいれば、ちょこっと出て来れるのに……。
そして今日の昼のことを思った。
今日のランチは本当に忙しかった。〔珍しいのだが……〕
今日みたいな日は、やはりバイトの子が一人でもいてくれると、非常に助かるんだがなぁ……。いっそバイトを募集するかな。
可愛い子でも来てくれるといいんだがなぁ。
作品名:茶房 クロッカス その1 作家名:ゆうか♪