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茶房 クロッカス  その1

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「――そんな馬鹿なー! 淳ちゃんに限ってそんなことはないよっ!」
 俺は本当に心底びっくりしていた。だって礼子さんが、まさか淳ちゃんと同じことを言うとは思ってなかったから……。 
 礼子さんが言うには、やはりお店の常連さんから、
「旦那さんが見知らぬ女性とホテルへ入るのを見た」と言われたらしいのだ。
 こんな偶然があるのだろうか?
「まさか礼子さん、そんなこと信じてやしないよね?」と俺が聞くと、
「うーん、もちろん信じたくはないよ。でもなぁ……」と眉を寄せて言う。
「――この所、ふと見ると、私をジーッと見つめてたりするんだよ。それって変だよねっ? なんか怪しいんだよねぇ~~」
 と、溜息をつくように言った。
《えっ?  だってそれは礼子さんがホテルへ……》
 思わず口走りそうになって、慌てて自分の口を塞いだ。礼子さんが見ていなくて良かった。ちょっとだけほっとして、素知らぬふりでこう言ってみた。
「礼子さん何か確かな証拠でもあるのかぃ?」と。
 礼子さんは考えた挙句、
「うーーん。悟郎ちゃん、どこかの興信所にでも調べてもらった方がいいのかなぁ~? どう思う?」と、逆に質問して来た。
「えっ? やっぱりその前に二人で話し合うのが先なんじゃないのか?」
「うーん、でもなぁ~。面と向かうとなかなか言えないのよねぇ……」
「――あっそうだ!」
 ポンと手を叩くと、
「――悟郎ちゃんが聞いてよ、あの人に……」と、俺の目を見た。
《えぇーー?! 勘弁してくれよー! 俺はどうすりゃいいんだよー!》
 内心の動揺を悟られないようにするのが必死だった俺は、「あぁ……あ」と、あやふやな返事をしてしまった。
「じゃっ! 悟郎ちゃん頼んだよっ!」
 そう言うと、来た時とは打って変わって陽気な表情で、礼子さんは帰って行った。
《参った! どうすりゃ……、はぁ~、今夜も悪夢にうなされそうだ》

 その後は重さんがいつもの様に店に来て、コーヒーを飲みながら仕事のその後の話などをひとしきりすると帰って行き、そのまま閉店時間を迎えた。
 店のドアを閉め外に出た俺は、何だかどんよりと心が重い気がした。
 頭の中は花屋夫婦のことでいっぱいだったし、自転車に乗ってはいても、前を見ているのやら、いないのやら……。無事に家に帰り着いたのが不思議なくらいだった。何か良い方法はないかなあ~~~困ったなあ。