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茶房 クロッカス  その1

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 残る問題は礼子さんだなぁ……と考えている所へ「悟郎ちゃ~ん」と言う声と、ドアのカウベルの音が同時に店内に響いた。
 噂をすれば何とやらだ。さてどうしたものか……?
「礼子さんいらっしゃい、今日は花の日じゃないよね? どうかしたの?」
 と、先ずは言った。
「うん、ちょっと聞いて欲しいことがあってさ。あ、コーヒーねっ!」
 声の明るさとは裏腹に、礼子さんの顔はいつもより少し曇って見えた。
「OK!」 
 指でサインしながらそう言うと、俺はカップとサイフォンの準備を始めた。
「ねぇ礼子さん、この前淳ちゃんが来たけど、何か元気ないように見えたけど……何かあったのかぃ?」
 わざとそう聞いてみた。
「えっ!? そうなの?」
 礼子さんはそう言うと、何やら考え込むように黙ってしまった。

 何だか気まずい雰囲気を少しでも変えようと思い、CDを一枚取り出しプレイヤーにセットした。
 『貴方は~もう~忘れたかしら~赤い~手拭いマフラーにして――』

「あ~これ懐かしいわぁ! 」
 黙りこくっていた礼子さんが、いきなり声を発した。
「えっ!? あぁこれかい? 懐かしいよなぁ」
「うん、この曲には思い出があるのよ。実はねぇ私たち――」と、思いがけず礼子さんが、淳ちゃんと出会った頃の思い出話しを始めた。

「――出会った頃の私たちは、お互い貧乏学生で、共に風呂のない安アパート住まいだったのよ。だからいつも近所に唯一ある、今にも潰れそうな小さな銭湯に通っていたの。
 そしてそれは、寒い冬の日だったわぁ。
 銭湯から出た所で、私たちは初めて顔を合わせたの。
 お互い温かい風呂から出たばっかりだったから、余りの寒さに思わず首を縮めたわ。そして顔を上げて前を見ると、全く同じ仕草の相手がいて、私たちは、どちらからともなく笑いかけていた。
 それからと言うもの、風呂から出るとつい、相手がいないかと探すようになり、会えた時はとても嬉しくて、次第に言葉を交わすようになったのよ。
 そうなると若いふたりだから、当然ながらもっと話したくなり、デートの約束をしたわ。
 そして何度目かのデートの時に私は、その頃流行っていたこの歌を思って、赤い手編みのマフラーをプレゼントしたのよ~」
 そこまで一気に話すと礼子さんは、遠い目であらぬ方を見つめた。もちろんその目には何も見えてはいなくて、強いて言うならその頃の若い二人が見えていたんだろうなぁ。
「礼子さん、思い出に浸ってる所悪いんだけどさあ――」
 俺は割って入ったように、
「――礼子さんは今でも淳ちゃんのことが好きなんだよねっ?」
 そう訊ねると
「当然じゃないの!」と口では言いながら、顔が一瞬曇ったのを俺は見逃さなかった。
「礼子さん、本当かなぁ?」 
 俺がわざとしつこく聞くと、
「実はねぇ………」と、俺が思いもかけないことを言い出した。