ザ・ファイナリスト
いや、そんな事態が起こる事すら想像もしていなかった事なのだ。
だが、意を決して物陰から出て、私はゆっくりと近づいていった。
母親は私に背を向けてしゃがみ込み子供に話しかけている様だったが、私の足音に気付いたのか振りかえると、悲哀とも愉悦とも言えるような泣き顔をしていた。
よく見ると母親は握り締めた小さな手を片手で軽く持ち上げ、もう片方の手を大きく開いていた。
私は「やめろ!」と叫んで走り出したが、そこにたどり着く前に子供はベビーカーの座席を通りぬけて地面に沈んで行ったのだった。
「何故だ?!」私は怒りをあらわにし母親に詰め寄った。
しかし既に母親は正気ではなかった、涙に濡れた目はうつろに漂い、子供を消した開いたままの手を私に突き出した。
私は握りこぶしを固めたい衝動を何とか押さえた。
そしてやりきれない思いのまま、私はその母親の望みどおり、チョキを出してこの世から消してやり、その場から立ち去ったのだ。
会社に着くまでにまた幾人かを消し去った。
私の勤める会社のビルはこの界隈でもかなり大きい方でまだ最期の一人は決まっていない様だった。
私は自分のオフィスまで階段を使って昇っていった。
その方がヒトに遭う確立が高い気がしたからだ。
結局、オフィスに着くまで誰にも会わなかったが、オフィスでは、二人の人間がこれからじゃんけんをしようとしているところだった。
『ヨーコ?、社長?!』
二人のうちの一人は私の恋人で来年の春には結婚する予定のヨーコであり、もう一人は直接話した事は無いが明らかに我が社の社長であった。
社長は社内報等で見るような柔和そうな顔とは違い、好色そうなニヤケ笑いを浮かべてヨーコに迫っている。
じゃんけんをするだけ?なのに、こんな時人間は本来の性格が滲み出てしまうのかもしれない。