ユング ~詩のようなもの
黒いひと
これから行く所
行ったことの無いあの場所
漠然と感じるあの場所
期待と不安の混じった気持ちを
目、耳、鼻、手足で解放している
松の枯葉の匂いが
昔を思い出させて
立ち止まって探し出す
おう 久しぶりと
声をかけてみたい気分だが
記憶にあるわけではない
キキュイ チュチュ チュイ
鳥が鳴いている
チュルルイ リリ チュチュルル
鳥が話し合っているようだ
はて
この鳴き声は
いつから続いているんだろう
もうかなり前から聞いていた気がする
踏みしめる枯葉は椚だろうか
靴の底でそれらはわずかに滑る
思い起こせば
今何を踏んでいるのかなんて
頓着せずに歩いていたあの頃
野鳥の鳴き声も聞いてなかったあの頃
これから行く所
呼んでいるのは姿のはっきりしない誰か
ピチュ ピ ピチュ チュチュッ
鳥の鳴き声が変わった
道が分かれている
登り坂と巻き道だ
足は登り坂を選んだ
チュルル チュイ
木々は次第に低くなってきた
だんだん暑くなってきている
一枚一枚と脱ぎ捨てる快感に
思わずあああと声を出す
歩くたびに
足が次第に黒くなってきている
腕は? 腕もだ
身体全体が黒くなっている
笑い出したいような気分だ
ふわふわと飛ぶように歩く
もう不安もない
いつの間にか
鳥の鳴き声は止んでいて
かすかに歌声が聞こえる
少女達? 天女?
香しい草花の匂いがする
密度の濃い空気が
水の中にいるようだ
歌声がまわりから聞こえる
そして
黒いひとが踊っている
あああ
あなただったのか
しかし
記憶の誰にも似ていない
でも
あなただ
さあ踊ろう
黒いひと
作品名:ユング ~詩のようなもの 作家名:伊達梁川