日出づる国 続編
犬使いの青年
若者は2匹の犬を連れていた。
赤茶色の中型犬『アカ』と白色の超大型犬『シロ』。
倶留尊山は伊勢との国境である。集落はいくつもなかった。
中村という集落の最奥部、山あいの道を行くと行き止まりとなっている所に陽の住まいはあった。近くにはせせらぎがある。
柱は樹を利用し、屋根は木の枝を張り巡らした上に藁を葺き、板壁の地床式である。家の周囲には盛り土をして浸水しないようにしている。
細い道を分け入った所に大きな樫の木があり、そこで陽はドングリを集めていた。
ガサッ という音に振り向くと、赤茶色の犬が坐って尾を左右に振っている。一瞬オオカミだろうか、と思ったが人懐っこい仕草である。
「おなかすいてんのか。うちがすぐそこやから、ついといで」
6歳の陽は小さい体でドングリの入ったざるを支えて、家に入った。
家には誰もいない。
カメを埋め込んだかまどの横に捨てられた山鳩の骨を、犬に投げた。
犬はそれをくわえると、集落のほうへ下りて行った。
半刻後、先ほどの犬がひとりの若者を連れてやってきた。
「なんや、さっきのいぬやないか、あんちゃんのいぬか?」
「骨をくれてありがたい。他に人はいないのか」
「か・・・ばばがもうじきかえってくる。なんかようか」
「ああ、教えてほしいことがあってな、待たせてもらってよいか」
「なら、みずくみをてつだえ」
若者は陽に言われるままに、近くの湧水をカメに入れて運び、大きな水瓶に移していた。
「かか、やない、ばば、おかえり」
「珍しい・・客人であろうか」
継ぎの当たった白い貫頭衣に筒様の袴、顔の色は真っ黒で白い髪、下膨れに垂れた頬と細い目の出っ歯の女を見て、若者は少したじろいだ。
このような醜女(しこめ)とこれほど可愛らしい女の子が血縁であろうはずはない
という思いがあったからだ。
「吾はある女性(にょしょう)を捜して、出羽から参りました」
と言いながら、自分の持つ香脂を取り出して渡した。
「これと同じ物を作っておられるお方が、曽爾村におられると聞きました」
女性はその香脂を指に取り、匂いを嗅いだ。そして、奥に置いてある壺をとり、開いて見せた。
アカが尾を激しく振って喜びを表している。
「吾の名は夢兎。出羽から参りました。主様の御名はヨウ、ヨシ、ヨシカのいずれかでありましょうか」
「ほう、では言い伝えはほんまやったんかいなぁ。いつかは東方からお迎えが来る、とばば様のばば様から伝え聞いとりました。ワレは嘉香、この子は陽と申す」
「吾が部族でも言い伝わっています。この香脂の匂いを犬に覚えさせ、それを持つ女性を捜せ、と。元は同じ一族であり、吾が部族はその女性の祖を頭に行動していた。ところが侵略者により、女と男は別々の生き方をとった、とか。ほとんどの者は信じてはいませなんだが、先年、蘇我連合軍との戦に敗れた物部連那加世様が河内から落ちのびてこられ、物部祖の地である出羽は鳥海山の麓に『日の宮』を造営され、神官となられています。その那加世様がこれと同じ香脂を所持されていた」
「おお、物部連守屋様の一子じゃ。お元気であられたか。ワレは物部一族、矢田連の者でござった。戦が始まる前にふたりはここへ逃げのび、奴婢にならずにすんだ。じゃが、蘇我の者はワレの行方を捜しているはず」
「ずっと、ここに?」
「かか者、そのまたかか者らと共に年に一度、ここへ来て様々な伝承を継いできた。女から女へ一子相伝でな。巫術も、じゃ」
夢兎は、ふたりを出羽へ迎え入れたい旨を話した。
「おぬし、歳はいくつじゃ」
「15に」
「信じても良いものかのう。いや、話の内容じゃのうて、ワレらの命のことじゃが」
「ばば、われはいきたい、もうかくれとるのはいやじゃ」
「ふむ、ならばいつ」
「明朝、夜明けとともに出立ちを、と」