それぞれの季節
店内の音楽は、静かなフォークソングからいつの間にかハードロックに代わっていた。
少女はその激しいリズムに共感を覚えた。
-これも以前には絶対に無かったことだった-
激しいギターの響きが自分の怒りを代弁してくれているようだった。
ドラムスは体の中に入り込み、自分の心臓に取って代わり、キーボードの音は頭の中で増幅されて、ドラムスになった心臓を揺さぶっている。
「なによ、あんな浮気者。ふられればいいんだわ、あの女に。」
少女はつぶやくと、荒々しくカップを持ち上げた。
カップに半分ほど残った、冷たくなったレモンティーを一気に飲み干し、空になったカップをソーサに叩きつけるように置いた。
その派手な音に、談笑していた周囲のカップルが、驚いて少女の方を見る。
少女は右手でほおづえをつき、テーブルに乗せた左手を、爪が掌にくいこむほど強く握りしめた。
何でもいい、ハードロックのレコードを買って帰ろう。
そして、溝が擦り切れるまでそれを聞こう。
あいつも好きだと言ったあのLPは、誰かにあげてしまおう。
少女はそう考え、店を出ようとして顔を上げた。
その目に、一人の背の高い少年が、店のドアを開けて入って来るのが映った。
固まったように見つめる少女の視界の中、その少年は一人で、入口の側のテーブルに、少女に背を向けて腰掛け、カフェオレを注文した。
顔はよく見えない。
けれども、その背格好、カフェオレというオーダー、その声、すべて彼のものだった。
少女は思わず立ち上がり、顔を輝かせて叫んだ。
「ひろし!!」
その声に、周囲の男女が驚いたように少女の顔を見上げた。
その少年も、驚いて少女に振り向いた。
その少年の顔は、少女が期待した彼のものではなかった。
少女は放心したように、椅子に腰を落とした。
そして両手でほおづえをつき、下を向いて笑いだした。
押し殺した声の忍び笑いだった。
けれども、笑っている少女の目からは、涙が溢れ出し、空のティーカップの中に2滴3滴とこぼれ落ちた。
少女の押し殺した笑い声は、いつのまにかすすり泣きに変わっていた。
テーブルに突っ伏した少女は、今度こそ遠慮なく泣いていた。
作品名:それぞれの季節 作家名:sirius2014