それぞれの季節
男の乗っているカリーナGTは、ずいぶん走りこんだ様子をしていた。
それでも外装はきれいで、白のボディに黒いバンパーとミラー、両サイドに黒いラインがフロントからテールまで、一気に貫いていた。
男は窓から出した右腕をだらりと下げ、ボディの黒いラインのあたりを軽く撫ぜた。
眩しかった。
春の午前11時の日射しはフロントガラスを抜け、車内の隅々まで光を行き渡らせていた。
男が苛立っているのは、道路の渋滞だけが理由では無かった。
それは、男の横の空虚な空間のためだった。
昨日までは、そこには常に彼女がいた。
しかし、今日からは違った。
今日からは、助手席にはむなしさを乗せて走らなければならない。
そんな思いが男を苛立たせていた。
男の頭の中には、今まで彼女と二人で走り回った町のいろいろな風景が、次々に現れては消えて行った。
彼女の声がふっと、耳元に聞こえるような気がした。
男はサングラスをはずし、窓から空を見上げた。
そこには、どこまでも青く、光に溢れた春の空があった。
男はもう一度独り言を言う。
「ちぇっ、天気が良すぎるんだよ。」
そのとき、後ろの車のホーンが大きく鳴った。
いつの間にか車の列が動き出し、まだ動き続けている前車と男のカリーナGTの間には、既に数十メートルの間隔が空いていた。
もう一度後続車のホーンが長く尾を引くように鳴らされた。
男はクラッチを切り、ギアをローに叩きこむと、もう一度空を見上げ、つぶやいた。
「天気が良すぎるんだよ。眩しすぎるじゃねえか・・・・」
乱暴にクラッチを繋がれた白いカリーナGTは、春の光をボディに反射させながら、猛然と飛び出して行った。
作品名:それぞれの季節 作家名:sirius2014