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てっしゅう
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novelistID. 29231
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「不思議な夏」 最終章

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「うん、そうだね・・・ボクとあなたがこうなる事を知っていたのかも知れないね。予想できたと言うべきか・・・だって、血が繋がっているんだよ、ボクと小百合さんとは」

小百合は、ハッとした。そうだ、貴雄にとって小百合は孫娘になるではないか・・・

「小百合さん、心配要らないよ。それはあなたの心の問題なんだから・・・事実は別。そう思うようにしよう」
「貴雄さん・・・優しいのね。女はきっと誰でもあなたの事を好きになってゆくわ・・・なんだか心配」
「あれ?どこでそんな話に変わってきたの?嫌だなあ・・・」
「今からこれじゃ、先が思いやられるわね、ハハハ・・・」
「本当だよ。しりもちはついても、ヤキモチはつかないでね」
「面白い事を言うのね、関西の方らしいわ・・・やっとあなたらしくなったようね。これで安心だわ」
「ボクも感謝だよ。気持がこんなに変われて・・・あのままじっとしていたらきっと鬱になっていた」
「安藤先生もきっとその事を心配されたんだわ」
「そうなの・・・ボクの事心配していただけたなんて嬉しいね」
「だって、昔好きだった人なんだもの」
「お返しかな?ハハハ・・・なんだか楽しいね」
「ええ、他人って感じない・・・貴雄さんは?」
「ボクもだよ。こんなに早く打ち解けられるなんて・・・やっぱり、志野だよ、小百合さんは」
「貴雄さん・・・今夜は傍にいて・・・何もしなくていいから、そばにいて欲しいの」
「わかった・・・小百合さんの言うとおりにするよ」

この日から同じ部屋で寝るようになった。小百合は仏壇に手を合わせて、祖母の写真に手を触れた。「これでいいのよね?志野」・・・とそう囁いた。
迷いが完全になくなったわけではないが、今の自分には希望が見えていた。

小百合の祖母が志野だったのかどうかは、正す事が出来ない。貴雄と小百合の遺伝子を調べれば判断の材料にはなるだろう。そんな事をしてどうなるのか・・・
いまは二人の幸せを考えるだけでよかった。最悪のシナリオをあえて確認する事を避けたのかも知れないが・・・

二人は手を繋いで同じ布団で寝た。それ以上は何もない。小百合の鼓動を手の温もりと一緒に感じ取っていた。病室で初めて志野の手を取って握っていた時のことを思い出した。涙が出てきた。小百合はそれを敏感に感じ取ってくれた。

「貴雄さん・・・甘えてくれていいのよ、本当は私があなたの傍に居てあげるって言わなきゃいけなかったのよね。こんな年だけど、恋愛は初めて・・・貴雄さんが初めてなの。何でも言ってね、知らないことが多いから、あなたの言うとおりにしたいの」
「小百合さん・・・ゴメンよ、気を遣わせて。ボクはこれでも男だから、甘えるなんてしないよ。ちょっと思い出したことがあって・・・もう大丈夫だから。眠ろう」
「ええ、ねえ貴雄さん、小百合って呼んで・・・」
「うん、小百合、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」

久しぶりに安心できた深い眠りを小百合は味わった。朝早く目が覚めたが、この爽やかな気分は何ものにも代えがたい幸せだと思った。朝ごはんの支度をする手も軽やか、心をこめて作ることがこれ程嬉しいとは旅館業では味わえなかった。お客様の喜ぶ姿が幸せといっていたが、恋する気持ちが芽生え始めて全てが変わったように感じていた。

小百合には志野の遺伝子と着実に入れ替えられているように思えてならない。貴雄のことも抵抗なく好きになってゆけそうだし、身体も受け入れることを強く望むようになっている。きっと、妊娠するだろう・・・そう感じられる。

貴雄が起きて来た。
「おはようございます。朝の支度は出来ていますよ」
「おはよう、へえ、早いね起きたの。さすがだ」

エプロンをした小百合の姿はハッとするぐらい若く見えた。気がつかなかったが今までより胸が大きく見えた。
「何見てらっしゃるの?」
「いや、その・・・若いなって」
「あら、喜ばせてくれなくてもいいのよ。気持ちは負けないんだから、誰にも」
「そう、そうだね。食べようかな・・・これってボクの好きな干物だね。知っていたの?」
「ええ、もちろんよ。志野だもの・・・」

小百合は冷蔵庫にあった幾つかの干物の中からふぐを焼いて出した。何故かそれを出したいと直感したのだ。

安藤のいる病院は診察室の小窓から来客駐車場が見えるようになっていた。12時近くになって外来の受診が終了したので、何気に理香は小窓から外の駐車場を眺めていた。貴雄の車を見つけようとした訳ではない。あくまで何気にだった。帰ってゆく車が多い中、逆に入ってきたプリウスが目に留まった。「貴雄さんの車だ」理香はそう気付いた。

ドアーが開いて助手席から小百合が降りてきた。理香は下へ降りようと窓から離れたが、カーテンを引き忘れたので窓際に戻ってきた。ほぼ真下に二人で歩いている所が見えた。目を疑ったが、もう一度じっくりと見た。
「手を繋いで歩いている・・・どういう事?」素朴な疑問が理香に芽生えた。

正面玄関を入ったところで小百合と貴雄は理香を待っていた。着替えを済ませた私服姿の理香が歩いてくる。
「お待たせしました。前の喫茶店で構わない?」理香はそう聞いた。
「はい、いいですよ」貴雄は答えた。理香が先に歩いて、中に入った。
「先生!こちらへどうぞ」店員が案内をしてくれた。理香は常連なのだろう。奥のほうにある席に座って軽く食事を済ませ、コーヒーを飲みながら、話は本題へと入ってゆく。

「結論をお聞きする前に尋ねたいことがあるの。いい?」
「はい、何でしょうか?」
「あなたたち・・・手を繋いで歩いていたわよね?それってどういうわけなのかしら」
「先生、小百合さんと昨日良く話し合ったんです。彼女の気持ちも聞いたし、ボクの気持ちも聞いてもらった。小百合さんとの事は志野もきっと許してくれるだろうって・・・このままじゃボクもダメになっちゃうから、お世話になろうってそう思ったんです」
「小百合さんは?」
「はい、こんな年で恥ずかしいのですが・・・子供が授かるのなら二人にとって良い方向に生きてゆけるのかと、貴雄さんにお願いをしました」
「そうだったの・・・私が心配しなくても二人で導き出してくれたのね」
「いいえ、先生の勧めがなかったらこうなっていなかったと思います。本当にありがとうございました」

小百合は本心でそう礼を述べた。貴雄も頷いて、理香の気遣いに感謝していた。

「じゃあ私が勧めた体外受精は必要ないわね、小百合さん?」
「・・・恥ずかしいですが、貴雄さんが自然にと言ってくれましたので」
「そう、それがいいわ。きっとすぐに出来ると思うわ。でもね、出産は自然には無理よ。帝王切開しなきゃ・・・あなたが心配だから」
「はい、そうさせて頂きます。先生、無事に生むことが出来るのでしょうか、それが心配です」
「そうね、あなたの年齢だと普通はしんどいかも知れないけど、志野ちゃんがきっと守ってくれるから大丈夫よ。安心して。毎月検診に必ず来るのよ。私も大きいお腹を抱えながら最後の瞬間までここで勤めるから」
「はい、そうします。先生もご無事に元気な赤ちゃんを産んでくださいね」