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てっしゅう
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「不思議な夏」 最終章

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「小百合さん、女はいつまでも女よ。あなたがその気持を失わなければ、貴雄さんの傍に居てあげられると思うわ。違いますか?好きになるなんて後からでもいいのよ。目の前にいる男性が尊敬できるとか、自分の事を大切に思っていてくれるとか、もっと気楽に、一緒に居て気持ちが安らぐとか、そんな事で結婚してもいいのよ。仲良く暮らしていれば自然に好きになるし、自然に身体も一つになるときが来ますよ」

その言葉が決めるきっかけになった。そうだ、自分も女なんだ。忘れていたけど、男の人を愛し、睦まじく暮らすことは願ってきたことだ。貴雄が可哀想だから慰めてあげたい、そう思っても不思議じゃない。その切ない思いの先に、貴雄が許してくれたなら、ずっと一緒に暮らせばいい。母親と息子でも構わないのだが、子供を授かるなら貴雄がいい、それは自分でも願ったことだ。志野が救ってくれたこの命を次の世代にも渡してゆきたい。その役目は貴雄が一番相応しいと、女の感情で感じていた。

貴雄が理香の元に戻ってきた。
「先生、小百合さんと話をさせて下さい。ボクもこれからの生き方を考えないといけないって思っていましたから」
「そう、良かった。あなたの気持に任せるわ。期待を裏切らないでね」
「明日連絡します。携帯で繋がりますか?」
「ええ、大丈夫よ。持っているから」

玄関まで見送りに出た理香に手を振ってお別れをした。車で家路に着く貴雄はある事を決めていた。

夕飯が終わって、落ち着いた時間に貴雄は小百合に「話がある」と誘い、ロビーで向かい合った。

旅館業は小百合の体調が戻るまで休業としていたが、来年からの改装に向けて、長期休業ということにした。今は二人だけで住んでいるのだ。

「小百合さん、ボクの話を聞いて下さい」
「ええ、待っていたわ。勝手なことして許して下さいね」
「いいえ、ボクこそだらしなくここ一月を過ごしてしまい本当に申し訳ありませんでした。先にお詫びします」
「貴雄さん・・・そんなこと・・・あなたの気持を考えたら・・・構わないのよ、当たり前だもの」
「自分の気持ちに踏ん切りが着いたんです。いや、着けなければならないと決めたんです。理香先生に言われ、小百合さんの思いを聞いて、自分が情けなく感じました。志野は死んだ訳でもなく、家出した訳でもなく、事故や事件に巻き込まれたのでもなく、いにしえに戻って行ったのです。それが志野に与えられた定めだったのです。時空のゆがみは必ず補正されなければならないっていう事をきちんと受け止めれば、こうなる事は解っていたはずです」
「貴雄さん・・・そんなに自分を責めないで欲しいです」
「責めてはいませんよ、大丈夫です。志野は小百合さんの中に生きています。こうしてあなたを見ているとなんだか志野が少し大人になったような気分に感じる事が出来ます。いま思いつきでそう言っているのではないですよ。そう感じ始めていたんです」
「本当ですか?志野と私とでは・・・大違いですよ」
「何がですか?年ですか?」
「ええ、そうよ。あなたとは25歳も離れているのよ」
「志野は50までしか生きられないと言いました。それが本当なら、ボクは33年後に失うことになります。小百合さんとあまり変わらないじゃないですか・・・」
「50と80過ぎじゃ見た目が違いすぎるから、同じじゃないですよ。うれしい事言ってくれるけど、正直に話して下さっていいのよ」
「志野はきっと30過ぎたら急速に老けていったでしょう。50で生命が途絶えるということはそういう変化が起こり得ると言う事ですからね」

もう、小百合は貴雄の言葉になみだ目になりかけていた。

小百合は志野の身体の一部をもらってから、体調の変化を感じ始めていた。初めのうちは痛みとかだるさだとかで気付かなかったが、最近入浴していて肌が随分若返ったように感じる。不規則になり始めていた生理も若い頃のように毎月来る。特に大きな変化は、胸だ。張りが戻っているのだ。きっと移植の影響で女性ホルモンが異常に出始めてきたのかも知れないと、嬉しいが少し不安に感じていた。妊娠への希望や女としての希望はそういった身体の変化からも影響しているのだと知った。

「昔ね、ボクと志野と理香先生と三人で飲みに行った事があったんです。ホテルでね、夜景を見ながら。話は別になかったんですが、志野とボクの様子を伺いに来たようなんです。志野はね、その事を敏感に感じてボクに、理香先生と仲良くなさって下さい、私は構いませんから・・・って言ったんですよ。その時の気持がね、いじらしいって思ったんです」
「そう、そんな事があったの・・・理香先生、あなたの事が好きだったのね・・・解る気がする、気が強い人って優しい人に弱いのよね」
「そうなんですか?それでね、志野の事大切にしなきゃって、改めて自分に言い聞かせたんです。理香先生は志野がそう言った事を聞いて、負けた!って感じたそうです。どちらが強く想っているか解ったんでしょうね」
「志野は気が強いけど、あなたの事本当に愛していたからね」
「そうですね、ボクも同じ気持にならなきゃって・・・想いは最後まで叶えられませんでしたが、ボクが好きになる人にその続きを見ようかって・・・いけませんかね?」
「貴雄さん・・・嬉しい・・・信じていいの?」
「明日理香先生のところへご一緒してくれませんか?」
「どうして?」
「二人の事話すんです。安心して頂けるように」
「それでいいのね?」
「はい、そうしたいから・・・」

貴雄は小百合の手を握った。その温かみと感触は志野のそれと変わらないように感じた。これでいいのだ・・・これしかない。二人が幸せになる方法を志野が与えてくれたと思うようにすればいいのだ。

「先生、遅くにすいません。明日そちらに伺いますから時間空けて下さい・・・ええ、はい、解りました。では昼ごはんをご一緒に、と言う事で・・・12時に伺います」
「小百合さん、12時に病院へ行きますからそのつもりでいて下さい」
「はい、ありがとう・・・今夜は寝れそうにないわ」
「傍にいましょうか?」
「あら、本気にするわよ・・・」
「本気ですよ。今日から・・・ずっと一緒にいるって決めたんですから」
「本当に私でいいのね・・・すぐにおばあちゃんになってしまうけど、嫌わないでね」
「そんな事言って・・・来年から新しい施設での仕事が忙しくなるし、小百合さんも頑張らないといけないでしょ?それに、子育てもあるし・・・二人ともあっという間に時間を過ごして行きますよ」
「そうね、そうだね。子育てか・・・本当にこの年になって出来るのね・・・夢見たい・・・志野、ありがとう・・・ううん、お婆ちゃん、ありがとう」
「今、何て言った?」
「お婆ちゃん、ありがとうって言ったの」
「どうして?何か記憶に残っている事でもあるの?」
「ええ、そうよ。私の事・・・母様、って呼んでくれたの。死ぬ間際に・・・きっと志野だと、そうとしか思えないから信じているのよ」
「そういえば瓜二つの顔立ちだったしね。小百合さんのお母さんに話さなかったのは理由があったんだろうね、きっと」
「そう思う?私も同じ事考えたの。理由ってなんだろうね?」