「不思議な夏」 最終章
-----最終章 志野-----
「先生、言われることは良く分かります。でも構いませんのよ、どうであれ祖母が志野であると言う事で気が休まりますから・・・他人にはともかく私には傍に居るように感じられますので」
「小百合さん・・・そうね、そう思うことで生きて行けるならそれもいいのかも知れません。でも、問題は貴雄さんなの」
「はい、ちょっと深刻ですよね。気持ちは分かるけど、ずっとこのままじゃいけないから、何か考えないとって私も思っていました。何か妙案でもありますの?」
「ええ、彼は子供が生まれることを楽しみにしていましたでしょ?」
「はい、志野ちゃんの身体を気遣っていましたからね」
「それが無くなった事もショックの緒を引いていると思うんです。なら、子供をもうけて、子育てをしたら気がまぎれるし、将来に夢が持てる。志野ちゃんの事も忘れて行けるんじゃないかって・・・」
「そうですね!それはいい考えかも知れません。素敵な方にお心当りがあるのですか?」
理香は少しためらったが、一気に話そうと思った。
「ええ、心当たりはあるんです。貴雄さんと小百合さんが共に夢を抱いて生きてゆけるようにする方法が・・・」
そう言って理香はじっと小百合の目を見つめた。小百合の顔色が変わって、やがて落ち着かない様子になり、震えるように声を出して理香に聞いた。
「先生・・・まさか・・・私と、ということですか?」
「はい、驚かれるでしょうが、考えた末なんです。究極の選択でした。あなたの身体の中には志野ちゃんが生き続けています。これは偶然ではありません。きっとあなたと貴雄さんに最後の希望を残した事なんだろうと・・・そう考えるようにしたんです」
「考えても見なかったことです。息子のような年齢の貴雄さんと・・・そんなこと私が望んでも相手が望みませんよ。恥をかくだけです。お断りさせて下さい」
「貴雄さんが受けると言ったら、宜しいですか?」
「そんな事言う訳が無いじゃないですか、まだ志野ちゃんが行方不明になって時間が経たないのに」
「医療的な観点から言いますと、早めの対応が必要なんです。傷口が広がりすぎると何をやってもだめという場合があるものですから」
小百合は考えた。仏壇の前で祖母の写真を見て、考えた。
「お婆様、そのようなことをして許されるのでしょうか・・・教えてください」
理香はある方法を提案した。二人が結婚するというのではなく、もちろん自然に妊娠する方法を取るのでもなく、体外受精をして受精卵を小百合の身体に返す方法だ。そして、その精子提供者に貴雄を選ぶという提案だ。
志野のことを深く愛している貴雄は、小百合を抱けない。当たり前だ。母親のようなものだったから尚更だ。
小百合が強く妊娠を望んでいると言って、貴雄に持ちかけるという手順で進めることにした。
「小百合さん、今私が言ったとおりに運びますから、そのようになさってくださいね。念のため、心から妊娠と出産を望まれますね?」
「はい、先生。女としてそれは当たり前のこと。ずっと機会がなかったから諦めておりましたが、今志野の思いを受け継いでゆくには、貴雄さんの苦しみを開放して、共に生きる目標を得るということが自分に課せられていることだと思います。そのために、そして、自分自身の望みのために、ご指示に従いたいと思います」
「良かった・・・これで貴雄さんもきっと救われるわ。私も安心して子供が生める」
「先生も母親になられるのですね。私もこの年で、もしそうなれたら・・・こんな嬉しいことはありません。志野の果たせなかった思いを貴雄さんに引き継いでいただけたら・・・大切な自分の使命を果たせるような気がしますわ。志野が話してくれた、必要とされるときの運命に従う・・・生きるということはそういうことなんでしょうね」
「小百合さん、よく言って下さいましたね。確かにそのとおりでしょう。若い志野ちゃんには負けてられませんね。頑張って子供を無事出産させましょう」
「先生、いやですわ、まだ決まっていないのに・・・」
「そうだったわね・・・早速話さなくちゃ・・・」
貴雄はそんな話が進められているという事も知らず、相変わらずごろごろして暮らしていた。
暦が変わった9月、理香は勤務する病院に貴雄を呼んだ。大事な話があるといって。
待合室で待っていると安藤理香に呼ばれて、目の前の診察室に入った。
「貴雄さん、ご足労をかけましたね。どうなの?最近は」
「別に変わりないですよ・・・ご存知でしょ?」
「あら、冷たい言い方ね。やさしく話してよ。今日はお願いがあって来てもらったの」
「ええ、なんですそのお願いって言うのは」
「そうね、まず順を追って話すわ。ある女性が妊娠のために精子の提供を願い出ているの。私はあなたが適任と思って選ばせてもらった。ここまではいい?」
「はあ?精子提供?ボクの・・・をあげるのですか?」
「そうよ、不妊治療だったら提供者の氏名は公表できないから内緒になるんだけど、不妊じゃないの。希望妊娠なの」
「希望なら・・・普通にすればいいんじゃないの?」
「それが出来ないから、頼まれているのよ。誰でも良いって訳じゃないでしょ?」
「そりゃそうだけど・・・それでどなたなんですか?お相手は」
「それを話す前に、お願いがあるの。これは本人の希望と私からの強い希望なの、そのことは真剣に受け止めてね」
「先生からも?・・・はい、分かりました」
「貴雄さんの最近の様子を心配して、何か立ち直る方法が無いかずっと考えていたのよ。私の勧めで同意して頂いて、この話になったの」
「先生!まさか、小百合さん?じゃないですか?」
「分かったのね・・・そうよ。考えて考えての末よ・・・いい加減な気持ちじゃないの」
「心配をかけていたことは気にしていたよ。このままで良いって思っていたわけじゃないしね。でも、それは出来ないよ。志野になんて言えばいいの?教えて」
「小百合さんはもっとよ!志野ちゃんにどう詫びようかって・・・でも、あなたを救いたいって言う気持ちと、志野ちゃんの思いを自分が引き継げたら、という思いが重なって私の提案に掛けるって言ってくれたのよ。それに、子供は小百合さん自身が望んでいる部分もあるのよ」
貴雄はしばらく考えると言った。診察室を出て約束の時間までに戻るといって外に出て行った。
考えた・・・悩んだ・・・このままで良いとは思えなかった・・・待っていても始まらない・・・志野が救った命を自分が守ってあげる、それも志野への恩返しになる。
小百合は自分がした事をこれで正しかったのか、考えていた。貴雄の気持を傷つけたり、土足で踏み込んだりしたのではないのかと、そればかり気になっていた。50過ぎた女が何と厚かましい願いをしたんだろうかとも・・・
理香はこう言ってくれた。
「先生、言われることは良く分かります。でも構いませんのよ、どうであれ祖母が志野であると言う事で気が休まりますから・・・他人にはともかく私には傍に居るように感じられますので」
「小百合さん・・・そうね、そう思うことで生きて行けるならそれもいいのかも知れません。でも、問題は貴雄さんなの」
「はい、ちょっと深刻ですよね。気持ちは分かるけど、ずっとこのままじゃいけないから、何か考えないとって私も思っていました。何か妙案でもありますの?」
「ええ、彼は子供が生まれることを楽しみにしていましたでしょ?」
「はい、志野ちゃんの身体を気遣っていましたからね」
「それが無くなった事もショックの緒を引いていると思うんです。なら、子供をもうけて、子育てをしたら気がまぎれるし、将来に夢が持てる。志野ちゃんの事も忘れて行けるんじゃないかって・・・」
「そうですね!それはいい考えかも知れません。素敵な方にお心当りがあるのですか?」
理香は少しためらったが、一気に話そうと思った。
「ええ、心当たりはあるんです。貴雄さんと小百合さんが共に夢を抱いて生きてゆけるようにする方法が・・・」
そう言って理香はじっと小百合の目を見つめた。小百合の顔色が変わって、やがて落ち着かない様子になり、震えるように声を出して理香に聞いた。
「先生・・・まさか・・・私と、ということですか?」
「はい、驚かれるでしょうが、考えた末なんです。究極の選択でした。あなたの身体の中には志野ちゃんが生き続けています。これは偶然ではありません。きっとあなたと貴雄さんに最後の希望を残した事なんだろうと・・・そう考えるようにしたんです」
「考えても見なかったことです。息子のような年齢の貴雄さんと・・・そんなこと私が望んでも相手が望みませんよ。恥をかくだけです。お断りさせて下さい」
「貴雄さんが受けると言ったら、宜しいですか?」
「そんな事言う訳が無いじゃないですか、まだ志野ちゃんが行方不明になって時間が経たないのに」
「医療的な観点から言いますと、早めの対応が必要なんです。傷口が広がりすぎると何をやってもだめという場合があるものですから」
小百合は考えた。仏壇の前で祖母の写真を見て、考えた。
「お婆様、そのようなことをして許されるのでしょうか・・・教えてください」
理香はある方法を提案した。二人が結婚するというのではなく、もちろん自然に妊娠する方法を取るのでもなく、体外受精をして受精卵を小百合の身体に返す方法だ。そして、その精子提供者に貴雄を選ぶという提案だ。
志野のことを深く愛している貴雄は、小百合を抱けない。当たり前だ。母親のようなものだったから尚更だ。
小百合が強く妊娠を望んでいると言って、貴雄に持ちかけるという手順で進めることにした。
「小百合さん、今私が言ったとおりに運びますから、そのようになさってくださいね。念のため、心から妊娠と出産を望まれますね?」
「はい、先生。女としてそれは当たり前のこと。ずっと機会がなかったから諦めておりましたが、今志野の思いを受け継いでゆくには、貴雄さんの苦しみを開放して、共に生きる目標を得るということが自分に課せられていることだと思います。そのために、そして、自分自身の望みのために、ご指示に従いたいと思います」
「良かった・・・これで貴雄さんもきっと救われるわ。私も安心して子供が生める」
「先生も母親になられるのですね。私もこの年で、もしそうなれたら・・・こんな嬉しいことはありません。志野の果たせなかった思いを貴雄さんに引き継いでいただけたら・・・大切な自分の使命を果たせるような気がしますわ。志野が話してくれた、必要とされるときの運命に従う・・・生きるということはそういうことなんでしょうね」
「小百合さん、よく言って下さいましたね。確かにそのとおりでしょう。若い志野ちゃんには負けてられませんね。頑張って子供を無事出産させましょう」
「先生、いやですわ、まだ決まっていないのに・・・」
「そうだったわね・・・早速話さなくちゃ・・・」
貴雄はそんな話が進められているという事も知らず、相変わらずごろごろして暮らしていた。
暦が変わった9月、理香は勤務する病院に貴雄を呼んだ。大事な話があるといって。
待合室で待っていると安藤理香に呼ばれて、目の前の診察室に入った。
「貴雄さん、ご足労をかけましたね。どうなの?最近は」
「別に変わりないですよ・・・ご存知でしょ?」
「あら、冷たい言い方ね。やさしく話してよ。今日はお願いがあって来てもらったの」
「ええ、なんですそのお願いって言うのは」
「そうね、まず順を追って話すわ。ある女性が妊娠のために精子の提供を願い出ているの。私はあなたが適任と思って選ばせてもらった。ここまではいい?」
「はあ?精子提供?ボクの・・・をあげるのですか?」
「そうよ、不妊治療だったら提供者の氏名は公表できないから内緒になるんだけど、不妊じゃないの。希望妊娠なの」
「希望なら・・・普通にすればいいんじゃないの?」
「それが出来ないから、頼まれているのよ。誰でも良いって訳じゃないでしょ?」
「そりゃそうだけど・・・それでどなたなんですか?お相手は」
「それを話す前に、お願いがあるの。これは本人の希望と私からの強い希望なの、そのことは真剣に受け止めてね」
「先生からも?・・・はい、分かりました」
「貴雄さんの最近の様子を心配して、何か立ち直る方法が無いかずっと考えていたのよ。私の勧めで同意して頂いて、この話になったの」
「先生!まさか、小百合さん?じゃないですか?」
「分かったのね・・・そうよ。考えて考えての末よ・・・いい加減な気持ちじゃないの」
「心配をかけていたことは気にしていたよ。このままで良いって思っていたわけじゃないしね。でも、それは出来ないよ。志野になんて言えばいいの?教えて」
「小百合さんはもっとよ!志野ちゃんにどう詫びようかって・・・でも、あなたを救いたいって言う気持ちと、志野ちゃんの思いを自分が引き継げたら、という思いが重なって私の提案に掛けるって言ってくれたのよ。それに、子供は小百合さん自身が望んでいる部分もあるのよ」
貴雄はしばらく考えると言った。診察室を出て約束の時間までに戻るといって外に出て行った。
考えた・・・悩んだ・・・このままで良いとは思えなかった・・・待っていても始まらない・・・志野が救った命を自分が守ってあげる、それも志野への恩返しになる。
小百合は自分がした事をこれで正しかったのか、考えていた。貴雄の気持を傷つけたり、土足で踏み込んだりしたのではないのかと、そればかり気になっていた。50過ぎた女が何と厚かましい願いをしたんだろうかとも・・・
理香はこう言ってくれた。
作品名:「不思議な夏」 最終章 作家名:てっしゅう