こんばんは ⑥<蕪鍋(かぶらなべ)>
「え、何がですか? 何が言いたいんですか、おやっさん。まさか俺が犯人だとでも?」
興奮すると声が大きくなるのは、配属された新人の頃と変わらない。
中村は新米でコンビを組んでいた頃、大島のやり方に不満が有ると、まわりの事も目に入らない様に大きな声で食って掛かったものだ。
「ガイシャはウチの署にも何度か来たろう? お前も応対したはずだ」
「俺はなお前とガイシャが署内で歩いてるのを見ちまったんだ。事務的な口調で喋っていても、俺の目は誤魔化せねえよ」
「何言ってるんですか? 俺はあんな女と付き合ったことなんか無いですよ」
中村の言葉は、今度はやけに静かな、半ば呆れたような口調だった。
「それよりおやっさん。このシンプルな鍋も良いんですが、もうちょっと他にネタは無いんですか? ネギとか白菜とか豆腐とか……」
中村は言い終えるとビールをぐっとあけた。
「お、そうかすまんな。確か豆腐とネギが有ったはずだ。どれ」
「あ、良いですよおやっさん。俺がやります」
立ち上がろうとした大島を制して中村が立ち上がった。
程よく酔いがまわっているのか大島は上げかけた腰をもう一度おろす。
「コレですね」
冷蔵庫からネギと豆腐を取り出し、今度は中村が台所に立つ。
背中を向けて座っている大島は、一度振り向いたが、直ぐに前を向いてまたコップに手をやった。
大島が居る時にはそれほどでも無かったが、大柄な中村が立つと台所は少々窮屈な気がした。
暫らくしても中村は戻ってこない。それどころか何かをしている音さえも聞こえては来ない。気になった大島が振り向くと……。
中村が何とも言えぬ顔つきで大島を見て立っていた。右手にはネギを切るはずだった包丁が腰溜めに握られて、鈍い金属光を放っていた。
「殺す積りなんて無かった。あいつは始めは『きれいに付き合いましょう』なんて言っておきながら、しまいには結婚してくれなきゃ警察署に行ってバラすなんて……。自分はまだ離婚もしてないくせに……」
作品名:こんばんは ⑥<蕪鍋(かぶらなべ)> 作家名:郷田三郎(G3)