こんばんは ⑥<蕪鍋(かぶらなべ)>
対する中村の方は国立大学を良い成績で出たエリートだが柔道三段の腕前であり、実際に組み合えば若くて大きな中村の方に軍配は上がるはずだと署内の誰もが信じて疑わなかった。
中村は薦められた座布団に座り、部屋をぐるりと見渡した。
正面には台所に立つ大島の背中が見える。
部屋の隅には古びてはいるがきれいに磨かれた洋服箪笥と鏡台が慎ましげに置かれていた。
「ふん、俺達の商売はな、何かと人様の恨みをかうんだ。用心するに越した事はねぇのよ。ドアにカギが掛かってりゃ起きずに済んだ事件だって、数え切れねぇくらい有るってもんだ」
応える大島の口調もまた柔らかい。
「それより今度の主婦殺しのヤマはどうした? もう、ひと段落ついたのか?」
「ええ、それがなかなか手掛かりが無くて、この分じゃ年を越してしまいますね」
「そうかい。聞くところによるとお前ガイシャとは知り合いだそうじゃないか?」
後ろを向いたままの大島は何やら食事の支度をしている様である。
小さめの炬燵の上にはカセット式のコンロの上で土鍋の蓋が開いており、クツクツとまるい湯気を上らせていた。
「はあ、ガイシャの主婦は以前ヤクザものと浮気をしてまして、ダンナが殺され掛けたんです。もっともガイシャは始めは相手がマル暴だとは思わなかったらしいんですがね」中村は火加減が気になるのか、手を延ばしてしきりにコンロのツマミを弄っている。
「で、その時に担当したのがこのボクで……。犯人はこのボクが絶対に挙げてみせますよ」
悔しげな中村の口調に大島がボソリと応える。
「ああ、俺たちに出来る供養なんてそれしか無ぇんだ」
「でもまあ、そんな事より今日はどうしたんです? コンビを組んでいる時にだって呼んでくれた事なんて無かったのに……」
大島は定年まであと少しというところで体調をくずし、ここ一年ほどは殆ど署内での勤務になっていた。
「ああそれか、いやワシもな年の暮れにもなると、ひとりで飲るのもつまらんもんでな、一番暇そうな男を呼んだってワケよ」
作品名:こんばんは ⑥<蕪鍋(かぶらなべ)> 作家名:郷田三郎(G3)